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原発をなくす全国連絡会主催            「被災地を知る」学習企画 in 福島に参加して

2026/06/23
被災地支援
青年
原発・気候危機

 

 東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から15年が経過した。全労連も加盟する「原発をなくす全国連絡会」が主催する、被災地の「現在(いま)」を知る学習会に全国から28人が参加した。全労連からは青年部2名が参加。時間とともに風化する記憶や世代による事故の受け止めかたの違いなど、運動の継承を現地から学びました。

郡山から浜通りへ

 浜通り医療生活協同組合・小名浜生協病院の送迎バスに乗り込み、郡山駅を出発しました。道中も乗車ガイドの渡辺喜弘さん(福島民医連事務局長)、講師の伊東達也さんからお話を聞きながら移動しました。

 新福島変電所を車窓から見学しました。もともとは福島第一、第二原子力発電所でつくられた電力を首都圏へ送電していた場所です。また、東北電力から福島第一、第二原発へ送電する機能も持っていました。 2011年3月11日の事故当時、津波により全電源を喪失し、原子炉の冷却機能が失われました。両原発は東北電力からの送電によって稼働していましたが、福島第二原発では2本の送電線のうち1本が倒壊。残った1本も損傷し、東京電力には補修技術を持つ労働者がおらず、下請けの協力会社が不眠不休でケーブルの修復工事を行いました。その結果、送電が再開されましたが、あと2時間遅れていれば福島第一原発と同様にさらに甚大な放射能被害が発生していた可能性があったといいます。東電や国がいう「安全」とは何なのかを考えさせられました。

宝鏡寺・伝言館へ

 最初に訪れた宝鏡寺には、教員であり農家でもあり住職でもあった早川篤雄さんと、安斎育郎さん(立命館大学名誉教授)が開設した「伝言館」があります。最初に目に入ったのは「非核の火」。広島・長崎の被爆地から採火されたもので、もともとは上野東照宮にあったものが移設されたものです。その隣には「ヒロシマ ナガサキ ビキニ フクシマ伝言の灯」と刻まれていました。

 伝言館には、原発事故前後の写真や新聞記事、ポスター、資料などが所狭しと並んでいます。これらを読み、理解するには何度足を運ばなければならないだろうかと感じました。また、福島への原発立地が計画された当初から反対運動が続けられてきたこと、東京電力に対して津波による甚大な被害の危険性を事故の6年も前から警告していたことも知りました。住民の立場と科学的な視点の両面から原発に反対してきた歩みがわかる、大変貴重な資料館でした。

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故によって、宝鏡寺は帰還困難区域に指定されました。寺だけでなく、生きがいでもあった農業も奪われました。早川さんが「原発事故は私の寿命を縮めた」と語った言葉に胸が詰まりました。

東京電力廃炉資料館

 境内で昼食をとった後、東京電力廃炉資料館へ向かいました。もともとは東京電力福島第二原子力発電所の安全性をPRするために建設された施設で、外観のポップな雰囲気からは想像できない場所です。入館後、最初に2本の映像を視聴しました。1本目は事故を引き起こしたことへの謝罪、2本目は廃炉作業の現状についてです。

 建屋を覆う工事や汚染水対策などハード面の整備は進んでいる一方で、燃料デブリの取り出しはこれからが本番です。事故から15年が経過した今もなお、廃炉には膨大な時間と費用が必要であることを痛感しました。

 また、資料館で目に留まったのが「4000人」という数字でした。現在も平均して4000人もの労働者が廃炉作業に従事しています。労働組合に関わる者として、そこで働く労働者の健康や安全についても考えさせられました。

震災遺構 浪江町立請戸小学校

 1日目の最後に訪れたのは、震災遺構浪江町立請戸小学校です。津波の被害を受けながらも避難した児童と教職員全員が無事だったことから、「奇跡の学校」とも呼ばれています。校舎は2階部分まで津波に飲み込まれていました。その高さは見上げるほどです。

 見学中、晴れていた空が急激に暗くなり、雷鳴が響き始めました。壊滅状態となった1階部分を見ながら、雷の音が津波の轟音と重なり、当時を追体験しているような感覚になりました。残されたままのピアノ、パソコン、卒業証書の筒、ファイル。そして体育館のステージには「祝 修・卒業証書授与式」の看板が残されていました。確かに15年前までここには学校生活があったことに何とも言えない気持ちになりました。

全員が無事だったことが唯一の救いでしたが、津波の凄まじさを前に、本当に心が折れそうになる思いでした。

学習会と交流会

 見学終了後、伊東達也さん(原発問題住民運動全国連絡センター代表委員、原発事故からの復旧・復興を求める会代表)を講師に学習会が行われました。

 伊東さんの話で特に印象に残ったのは、国が公表している原発事故による強制避難区域を抱える12市町村の居住者数の推移です。事故前と現在を比較すると、放射線量が高かった地域ほど住民が戻れていない実態が明らかになっていました。

 さらに、国や福島県が把握している避難者数と、各自治体が把握している避難者数には約2万8千人もの差があるとのことでした。復興庁は住民票の移動などを理由に避難者数から除外していますが、実際には避難生活を続けている人も少なくありません。避難者の実態が十分に反映されていないのではないかと感じました。また、伊東さんが自治体への聞き取りによってまとめた小・中学校の通学者数の推移では、12市町村のうち10市町村で、現在の児童・生徒数が事故前の2割にも満たない状況であることが示されました。

 国は「復興の進展」を強調していますが、住民の帰還状況や子どもたちの姿を見ると、被災者中心の復興が十分に行われてきたのか、改めて考えさせられました。

 夕食交流会では参加者全員が感想を交流しました。

 私は昨年、組合の仲間に誘われて観劇した「誰が為に桜は咲く」で、富岡町・夜ノ森の桜まつりを舞台に描かれた被災者の思いや葛藤に触れたこと、また全労連新聞2025年3月号に掲載された双葉病院で被災した看護師の記事を読み、いてもたってもいられず福島を訪れたことを話しました。

イノベーション構想関連施設を見学

 2日目は8時30分にホテルを出発し、国と福島県が進める福島イノベーション・コースト構想関連施設を見学しました。

 浪江町棚塩にある広大な敷地は、事故前には東北電力が浪江・小高原子力発電所の建設を計画していた場所です(2013年に計画中止)。現在は産業団地として整備され、ロボットテストフィールドや大規模酪農施設、水素エネルギー研究施設、高度集成材製造センターなどが建設されています。

 国はこれらを「創造的復興」の象徴として位置付けています。しかし、参入している企業は大企業が中心であり、地域住民の暮らしや生業の再建とどのようにつながっているのかという疑問も感じました。

 伊東さんは、被災者や住民の生活再建よりも企業誘致や大型開発が優先されているとして、「惨事便乗型復興」との批判があることを紹介しました。実際に車窓から見える最新施設と、前日に訪れた津島地区や帰還が進まない地域の現状を重ね合わせると、復興とは誰のためのものなのかを考えさせられました。

 その後、南相馬市のロボットテストフィールドなどを車窓から見学し、浪江町へ戻って津島地区へ向かいました。

津島地区で聞いた「ふるさとを返せ」の願い

 2日間の最後に訪れたのは、浪江町津島地区です。

「戻りますか、戻りませんかと聞くのは、元のような生活ができる状況を戻してからの話なんです」

「ふるさとを返せ 津島原発訴訟」の原告・三瓶春江さんの言葉が強く心に残りました。

東京電力福島第一原発事故から15年。

店もない。
病院もない。
学校もない。
働く場所もない。

一緒に避難した孫たちは成長し、それぞれの場所で生活を築いてきました。

だから今、「戻るか、戻らないか」と問われても簡単に答えられる話ではありません。

それでも国は、「帰る」と手を挙げた人を前提に除染や整備を進めています。

住むか住まないかは、そのあと本人が決めることです。

でも、住めるように戻してほしい。
故郷として帰れる場所にしてほしい。

その願いは、そんなに無理な要求なのでしょうか。

 

 三瓶さんは「こうしたことを二度と繰り返さないためにも、原発はあってはならない」と訴えました。

 国策として進められてきた原発によって引き起こされた東京電力福島第一原発事故。故郷を奪われた人たちは今も「ふるさとを返せ」と現状回復を求め続けています。

 それでも津島では、15年が経った今も元の暮らしは取り戻せていません。

学びを今後につなげる

 今回は、原発をなくす全国連絡会主催の取り組みに参加し、福島の方々の思いや声に直接触れながら学ぶことができました。個人的に訪れただけでは知り得なかった歴史や現状、そして今も続く苦しみや願いについて深く考える機会となりました。東京電力福島第一原発事故から15年が経過した今も、故郷に帰れない人や元の暮らしを取り戻せていない人がいます。福島の現状は決して過去の出来事ではなく、現在進行形の課題であることを改めて実感しました。

 今後もこうした機会を通じて、住民本位の被災者支援や復興のあり方、原発の問題について学びを深めるとともに、多くの青年が福島を訪れ、現地の声に触れる機会を広げていきたいと思います。

(全労連常任幹事・青年部書記長 稲葉美奈子)

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