青年部主催 福島フィールドワークに15人が参加
全労連青年部は8月29日、原発事故から15年 被災地フィールドワークを開催し、15人が参加しました。翌30日に開催された「8.30ふくしま集会」のプレ企画として開催されました。

フィールドワークツアー工程
1日目(8月29日)
郡山市出発
宝鏡寺・伝言館
中間貯蔵施設情報センター(CREVAおおくま)
震災遺構請戸小学校
浪江町津島地区(車窓から見学)
福島市内着
夕食交流会
2日目 (8月30日)
福島集会開会
宝鏡寺・伝言館
最初の目的地である宝鏡寺は、半世紀にわたり反原発運動を続けた早川篤雄さんが住職を務めていた楢葉町にある寺院で、敷地内には、福島第一原発事故の惨禍と教訓を伝える資料館「伝言館」があります。楢葉町は2015年9月まで全町避難を強いられました。

早川さんは、今回ガイドの伊藤達也さんと共に、1987年に原発問題全国センターを立ち上げ、原発の危険性に敬称を鳴らし続けてきました。そして、2011年3月11日に東日本大震災が発生、翌12日に東京電力福島第一原発1号機が水素爆発、続けて3号機、4号機も爆発しました。
1号機が爆発した直後、いわき市に住む伊藤さんのもとを「とうとうやっちゃった!」と走り込むように避難してきた早川さんは「原発の安全性を求める福島県連絡会」として、3月14日に県知事あてに緊急要請書を提出しました。それから、故郷を守り、国と東京電力の責任を追及する長いたたかいが始まります。

伊藤さんは原発事故から15年経った福島の状況を示しました。県内にはいまだに住民が自由に出入りすることができない「帰還困難区域」が7市町村残され、避難指示が出された12市町村だけでも、避難者は5万人を超えます。多くの住民は帰還が叶わず、小中学校の生徒数は震災前の16%に激減、第一原発があった双葉町ではわずか3%しか戻っていません。
医療、商業、雇用などの生活基盤に加え、地域コミュニティーが十分に回復しておらず、子どもたちも生活することのできない地域でどうしたら復興がすすむのだろうかと思わずにはいられませんでした。
また、政府と東電は東京電力福島第一原発を2051年までに廃炉完了すると工程表を示したものの、日本原子力学会が100~300年かかると試算するなど、計画は破綻しています。ひとたび原発事故が起これば、廃炉の見通しが立たない原発を稼働するリスクは、あまりにも大きいと言わざるを得ません。
中間貯蔵事業情報センター(CREVAおおくま)
大熊町のCREVAおおくま内にある中間貯蔵事業情報センターを見学しました。
東京電力福島第一原発事故後に放出された放射能による除染土を、大熊町と双葉町の中間貯蔵施設で受け入れています。その量は1400万㎡。道路などの公共事業や農業で2045年の3月までに県外での最終処分が計画されていますが、その目途は立っていません。
参加者からの「除染土の県外での処分を福島の人はどう思っているのか」との質問に対し、伊藤さんは「45年までに元に戻すという約束で大熊町と双葉町の住人は先祖代々の土地を手放したのだから、法に則って戻せと思うのは当然のこと。県外でも納得できないという意見もわかるが、双方の合意ができる話し合いが必要だ。時が経つのを待つだけではだめだ」と国民的議論の必要性を語りました。


震災遺構 請戸小学校

双葉郡浪江町にあった請戸小学校は海からはわずか300メートルの位置にあります。震災直後、2階の床上10センチまで津波が押し寄せましたが、児童93人(うち1年生11人は帰宅していた)は、教職員の迅速な判断と児童の協力に全校生徒、教員ともに無事でした。現在は震災遺構として、保存・展示されています。
津波の威力を目の当りにしました。
原発事故の影響で、浪江町は避難を余儀なくされました。学校の周りは、人々の営みがあったことを想像するのが難しい、見渡す限りの平野が広がり、請戸小学校だけがポツンと残されていました。


浪江町津島地区(車窓から見学)
3月12日の原発爆発後、浪江町の多くの住人が避難指示に従い、津島地区に避難を余儀なくされました。1400人の地域に8000~1万人が避難することになりました。のちに高濃度の放射線量が浪江地区に流れていたことを知りました。
区内はいまだに高線量の土壌が残り、住める状況ではありません。営みが感じられず廃墟となった地区を前に心が痛みました。

8.30福島集会に参加
集会には1500人が参加しました。
主催者の野木茂雄福島復興共同センター代表委員(福島県労連議長)は、原発の「最大限活用」への政策転換は、福島の現状を無視するものであり、再び原発事故が起きる可能性を増大させると警鐘を鳴らし、原発ゼロの展望を切り開き、運動の次世代への継承を呼びかけましたた。事故後、県内すべての原発の廃炉を決定させたように、「オール福島」のたたかいが要求実現につながると語りました。

原発事故の記憶を継承しようと、青年たちもスピーチしました。
全労連青年部を代表して、林莉彩さんと村上裕章さんもマイクを握りました。
村上さんは、自身が原発にギアポンプを納品していることから、原発事故が自分の仕事の先にあるのだと複雑な気持ちを語りました。


全労連青年部 林莉彩さんのスピーチ
日本医労連の林莉彩です。
本日のふくしま集会への参加に向けて、全労連青年部では昨日8月29日に「原発事故の被災地フィールドワーク」を企画し、福島県内の被災地を訪れてきました。
主に3箇所、宝鏡寺、中間貯蔵事業情報センター、請戸小学校に行ってきたのですが、私がこの2日間の企画に参加を決めたきっかけは、私は福島原発事故について無知だったことと、組合で青年部の運動を進めていくにあたって、組合員に聞かれた際にしっかり説明できるようになりたいと思ったからです。
実際にフィールドワークを通して、ニュースで見るのと自分の目で五感で感じながら見るものとでは大きく違っていて、現物はかなり生々しかったり、そこに一人ひとりの生活があったことを感じ、自分事に置き換えて受け止めることができました。
そして、土地が損壊しただけでなく、避難後に人口が減少したこと、農作物や生業業に大きな影響があったことなど、今回学んだことや感じた気持ちを忘れてはいけないという気持ちと、青年層や私より下の世代にも受け継いで行かないといけないと感じました。
原発に依存せず、再エネと省エネに転換していくことを多くの人に知ってもらうためにも、これからも、現地に青年が足を運びつづけ、学びを継続していくことが大切だと思いました。
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