新春対談 ビジネスと人権を一人ひとりの労働者の手に
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労働組合が人権に取り組む意義
弁護士 伊藤 和子さん×全労連議長 秋山 正臣さん
国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)のワーキンググループが2023年に訪日調査を行い、日本のビジネスと人権の状況を報告書にまとめた。人権を守らない企業は許されないのが世界水準になっている。ビジネスと人権をめぐる著作もある伊藤和子弁護士と秋山正臣議長が語った。
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弁護士
伊藤 和子さん
弁護士、法学博士。国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長。1994年弁護士登録。2004年米国留学を経て、2006年ヒューマンライツ・ナウの発足に関わり、女性の権利をはじめグローバルな人権課題に取り組む。ミモザの森法律事務所代表、著書に「ビジネスと人権-人を大切にしない社会を変える」(岩波書店)等。
全労連議長
秋山 正臣さん
大阪府出身。労働省に入職し、81年から尼崎公共職業安定所や兵庫県労働部雇用保険課、神戸公共職業安定所などに33年間勤務。阪神大震災を経験し、職場でも組合でも被災者支援復興活動に取り組む。全労働、国公労連本部を経て22年に全労連副議長、24年7月から現職。
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人権を守る責任は企業にもある
秋山 新年おめでとうございます。昨年は中央メーデー集会でもあいさついただきました。今回は伊藤さんが取り組まれているビジネスと人権について伺いたいと思います。
伊藤 国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)は2011年に国連人権理事会で採択された原則です。採択の背景に90年代から多国籍大企業の人権侵害、サプライチェーンでの奴隷的な搾取労働が明るみに出たことがあります。
UNGPは企業に人権を尊重する責任があるとした初めての国連文書です。
国際的に認められた人権を守らないといけないという点が重要です。国際水準を守らないと、市場から締め出されるという監視圧力が働きます。また取引先全体で人権尊重義務を負っていることも画期的です。一番苦しんでいるのは末端の企業の労働者ですから発注元の大企業の責任が問われ、投資家も責任が問われることになります。これが搾取慣行の改善に有益だと思います。
グローバル大企業の搾取と人権侵害
秋山 著作で2013年にバングラデシュで縫製工場が崩壊し、1000人以上の労働者が死亡したラナプラザ事件などを紹介されていますが、調査した人権侵害の実例を紹介ください。
伊藤 ラナプラザ事件は、世界的に有名なブランド服を誰が、どれだけ劣悪な環境で生産しているのかを明らかにしました。月給4000円ほどで女性労働者が搾取されていました。日本企業も無縁でないと考え、ユニクロの委託先の人権侵害を調査しました。CSR(キーワード1)などの報告書とは異なる委託先での労働環境の劣悪さに驚きました。
日本の大企業は海外だけでなく、日本国内でも技能実習生などを奴隷労働させている。こういう実態にもっと取り組まねばと思いました。
キーワード1 CSR
Corporate Social Responsibilityの略で、企業が自社の利益だけでなく、環境保護や地域社会への貢献、人権の尊重など、社会全体に対して責任を果たすことを指す。欧州では「社会的責任」には人権の尊重などを進めるうえで必要な労働者や労働組合との対話・協議が概念に含まれるが、日本では環境保護活動などが中心となりがちだ。
人権ポリシーのある企業も表向きと実態に乖離が
秋山 国際人権法やUNGPもステークホルダー(利害関係者)の関与を強調しています。全労連は政府の三者構成機関から一部を除き排除され、ILO総会もオブザーバー参加です。労働組合とUNGPのかかわり、役割についてお聞かせください。
伊藤 UNGPの流れもあり、人権尊重しています、人権ポリシーはありますという企業は多いです。しかし多くの企業で表向きと実態に乖離がある。フジテレビ問題が明らかにしたとおり、立派な人権ポリシーはあっても生かされていない。昨年3月に出た委員会報告書で、ようやく被害者等の聞き取りをして実態が明らかになった。人権の取り組みを進めるにあたって、労働組合と協議をしていないことも問題です。UNGPの実施にあたって、ライツホルダー(〓2)と呼ばれる当事者である労働者・労働組合との協議は重要とされ、労組との対話は特に重要です。
全労連抜きは違和感がありますね。国際的にも、本当のことを言う労組ほど排除されがちですが、耳の痛いことをいう人の意見ほど聞かなければなりません。
キーワード2 ライツホルダー
「ライツホルダー」は、人権の主体となる人のこと。特にビジネスと人権では、企業の活動を通じて人権を侵害されている、またはその可能性がある人々を指す。その企業や、下請け、サプライチェーンを含め労働者と労働組合はライツホルダーとなる。
罰則弱い日本 企業への規制と制裁が必要

秋山 全労連もUNGPワーキンググループの訪日調査に協力し、ILOのハラスメント禁止条約(190号)の批准キャンペーンに取り組んでいます。ビジネスと人権を労働組合で生かしていくうえで何が大事ですか?
伊藤 人権というと表現の自由などの伝統的人権概念と別に、女性に対するマイクロアグレッション(キーワード3)など日常的な人権侵害があります。マイノリティーを含め声を上げにくい層のニーズが、人権の問題としてこれまで表立って理解されてこなかった。ジャニーズ事務所の少年への性加害、フジテレビ問題などを通じて、マイノリティーの人権は置き去りだったことが明らかになりました。
ハラスメントに関しては雇用機会均等法(85年)ががあるのに声をあげにくい状況が続いています。相談窓口を利用してもいい結果にならないとわかっているから、声をあげるのを諦めざるを得ない。ここを変えないといけない。
フジテレビ問題で指摘されたとおり、壮年男性中心の偏った意思決定のあり方が問題です。多様な人が意思決定に参加する、あるいは声を聴くことが必要です。バイアスを是正するためにも、女性やマイノリティーの意思決定への参加を広げる必要があります。
ILO190号条約では、労働者以外へのハラスメントも広く対象とされ、ハラスメント禁止が求められますが、日本はこれを批准していない。罰則が極端に弱く、均等法11条違反のペナルティで企業名が公表されたのは、まだ1社のみです。欧州では労働時間を含め企業規制への罰則が強く、人権デュー・ディリジェンス(キーワード4)も立法化し、巨額の罰則を課す方向です。違反しても数十万円とか、そういう軽い罰則では被害が続く。人権侵害を放置する企業は、上場からの締め出し、巨額の罰金などの制裁が必要です。
キーワード3 マイクロアグレッション
その意図の有無と関係なく、特定の人や集団に対する偏見から生まれる、否定的な表現のこと。人種的出自や文化の価値をおとしめる、蔑称で呼ぶ、相手が抱える課題を無価値だと否定的に扱うことなどが含まれる。これらの言動は、悪意なく、善意や親しみの現れとして行われることもあり、自分の言動が問題を生んでいることに自覚しにくいことが問題だ。
キーワード4 人権デュー・ディリジェンス
企業が自社やそのグループ会社の人権侵害に関するリスクを評価し、対策を講じ、結果を検証し、公表するプロセスを指す。劣悪な労働環境での労働、違法な低賃金労働、ハラスメント、人種や性別などによる差別的な取り扱いなどが対象となる。対談にもあるように、欧州やアジアの国の一部も企業任せにせずに、このプロセスを企業に法律で義務化する動きが進んでいる。
人権をめぐる規制強化の方向に踏み出す時
秋山 以前に比べて職場に女性は増えましたが、労働組合もまだ男性中心です。全労連でも女性の意思決定への参加拡大に取り組み、変化もあります。UNGPやビジネスをめぐる人権は強制力強化の方向にあるそうですね?
伊藤 EUでは欧州企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令が採択され、各国で立法化の流れです。これに対し日本だけ法的拘束が弱いソフトローで、違反しても制裁がなく自主的取り組みに委ねられています。ガイドラインも整備されたのですから、次は義務化を求めていかないといけません。アジアでも韓国やタイでは人権デュー・ディリジェンスの立法化の議論があり、このままでは取り残されます。
欧州諸国では賃金透明化指令など労働をめぐり規制強化の方向で、日本が見習うのはそちらです。規制を否定し、人権をないがしろにすれば持続可能性が否定されます。その先に待つのはカタストロフィー(大惨事)しかありません。
声あげる個人を支える労働組合に
秋山 極右排外主義の台頭、高市政権の誕生で人権をめぐって心配な情勢です。今後のビジネスと人権状況をどう見ていますか?
伊藤 自著に書きましたが、人権侵害に対し本人が声をあげやすい社会、声をあげた人を大切にする社会をめざそうという方向性は簡単に後戻りしないと思っています。いろんな人が声をあげ、#MeToo運動など連帯が広がりました。高市政権の政策がそれに水をかけることが懸念されるからこそ、草の根で生まれた声を大切にし、それを支えるネットワークを大事にしていきたい。
労働組合の役割は大きい。個人は弱いので、組織として声をあげることは個人を励まします。セクハラなどの相談に来る方は多いですが、労働組合が頼りにされていないケースが多い。もっと頼りになる存在になればもっと多くの人が声をあげられるはずです。職場を超えて労働相談を受ける役割も重要です。
従来の保護からこぼれる人を 国際人権法を生かし守る
秋山 国際人権規約について、ILO中核条約10条約のうち日本は一条約(111号)が未批准です。日本の司法は国際人権基準にはまだ閉鎖的ですが司法の立場からどうご覧になっていますか。
伊藤 UNGPは国際基準で人権を包括的に尊重することを企業に求めています。労働者は多面的な要求があり、労働者・労働組合の権利からLGBTQの権利など人権状況の改善にセンシティブになってほしい。従来の保護からこぼれる人を国際人権法を生かして守ることができます。
UNGPは自社にとどまらず、サプライチェーン、取引先など関わりの度合いが低い場所での人権侵害への対処も企業に求められ、ビジネスに消費者や労働者としてかかわる個人も声をあげ、影響力を及ぼすことができる。てこの原理のように大きく事態を動かすことができるので、UNGPを使った問題解決能力を高めてほしい。世界の人たちと連帯し、地球規模の人権課題の解決も可能で、労働組合もクリエイティブに活用してほしいです。

労働組合から社会を変えていくメッセージを
秋山 急速な軍拡、軍需ビジネスと人権の問題、気候変動など青年を中心に関心が高い。社会課題と人権という点でどうでしょうか。
伊藤 戦争は最大の人権侵害です。しかしガザの大量虐殺、高市政権内の核保有発言等、異常なことが日常になりつつあります。イスラエル産のドローンの購入などありえない、人権侵害への加担は許されないと警鐘を鳴らすことが必要。UNGPでは調達先だけでなくサプライチェーンの先のエンドユーザーがどう使うのかも問題になります。日本企業の製品やサービスが戦争や紛争に利用されるのかを問うことは重要です。例えば、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のイスラエル国債や同国に兵器供給する軍事企業への株式投資に反対し、クラスター爆弾をガザ紛争に利用するなと多くの人が抗議することは一定の歯止めになりうる。核兵器開発に投資しない金融機関は増えましたが、まだすべてではない。年金も預金も私たちのお金です。金融機関に対しても、お金の使い道についてもっと声をあげていい。
気候変動も人権問題です。気候変動の原因がビジネスであることは間違いありません。国際裁判では気候変動を人権問題と認め、企業にCO2削減を命じた勝訟事例もあります。企業のグリーンウォッシュ(キーワード5)を許さず、人権問題として取り組むようもっと声をあげていきたいと思います。
労働環境が厳しく、明日が見えないこともあると思います。しかし人は労働者である以前に、正義感を持ち人権を尊重されるべき人間です。労働組合は、人間を大切にしない社会を変えようという、光になるメッセージをもっと発信してほしい。若い人の参加を得て望ましい社会について議論できるプラットフォームを労働組合がつくるなどやれることはたくさんあると思います。人権と労働のギャップを埋める努力をぜひ。
秋山 考える、取り組む時間をつくるためにも労働時間の短縮が必要です。ビジネスと人権を日本社会にどう生かしていくのか、人権を守る活動を進めたいと思います。本日はありがとうございました。
キーワード5 グリーンウォッシュ
エコをイメージさせる「グリーン」と「ホワイトウォッシュ」(ごまかす、うわべを繕う)を組み合わせた言葉で、消費者の誤解を招く表現を用いて、「この商品やサービスは環境に良い」と思わせるビジネス戦略。本当は地球にやさしくない商品やサービスを、あたかも良さそうに見せかけることを指す。
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「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」とは
ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)は、国連が定めた31の原則から成り立ち、企業活動が人権侵害や負の影響を軽減するための国連文書。2011年に国連人権理事会によって全会一致で承認された。指導原則は、右の図にあるように、国家の義務、企業の責任、救済へのアクセスの3つの柱に基づいている。
国際法ではなく、あくまでガイドライン=指導原則ですが、企業に人権を守らせる取り組みとして大いに注目される。差別や団体交渉の拒否など、国際労働機関(ILO)の条約や勧告の活用に加え、個別企業による人権侵害を労働者一人でも通報(情報提供)できることも特徴。
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伊藤和子さん著書
『ビジネスと人権
--人を大切にしない社会を変える』
岩波書店 定価1,100円(税込)
2025年2月20日刊行
国連ビジネスと人権ガイドラインの成立の過程、仕組みから活用法まで、現場で起こっている人権侵害を踏まえた解説の書。生きづらい社会を変えるために必読だ。
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