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【月刊全労連】AIによる賃金の査定に対して、情報開示を求めて成果をあげた労働組合の事例を紹介します。#労働組合ができること

2026/01/08
月刊全労連
賃金・最低賃金

AI賃金査定をめぐる透明性と説明責任─日本IBM ワトソンAI 事件の経緯と和解の意義─

1 はじめに

2019年8月、日本IBMはAI システム「Compensation Advisor with Watson」(以下、ワトソンAI)を賃金査定に導入した。このシステムは、従業員の業績やスキルなどのデータを分析し、昇給や昇格の判断材料を提示する仕組みであった。これに対し、組合は団体交渉の場で、AI の学習データおよびワトソンAI が所属長に提示する情報の開示を求めた。しかし、会社は「ワトソンAI が所属長に示す情報は社員に開示することを前提としていない」「同AI はあくまでマネージャーの判断を補助するツールである」と主張し、情報開示を一貫して拒否した。

この対応を受け、組合は2020年4月3日、東京都労働委員会に救済申立てを行った。その後、都労委による調査および2022年5 月の証人尋問においても、組合が求めたデータや情報は明らかにされなかった。さらに、同年6月から始まった和解協議でも合意には至らなかったが、東京都労働委員会によるあっせんのもと、2023年12月から協議を継続した結果、双方の誠実な協議の結果、2024年8月1日に和解が成立した。

今回の和解は、AI を用いた賃金査定の在り方に対して労働組合が透明性と説明責任を求め続けたことに一定の成果を得た事例であり、企業がAI 技術を活用する際に労働者の権利をいかに保護するかという新たな課題を社会に提起したものである。この和解は、組合側の主張が実質的に認められた意義深いものである(詳細は後掲《資料1》を参照)。

2 AIによる賃金査定に内在する主要課題

(1) AIデータ利用の透明性と個人の自己決定権

従業員には、自身の個人データを自ら管理し、その利用をコントロールする権利が保障されなければならない。AIに学習させたデータの中に個人情報が含まれていないかについて、会社は明確に説明すべきである。そもそも、これらの情報は賃金査定には不要である。

ワトソンAI は、賃金調整において「約40項目のデータを考慮し、スキル・給与水準・業績・キャリアの可能性の四要因で評価する」と説明している。しかし、40項目の具体的内容は開示されておらず、不適切な情報が含まれている可能性を排除できない。その結果、従業員が自身のデータ利用を確認・管理できないという重大な問題が生じている。さらに、AI の学習データにどの範囲の情報が用いられているかが不明確なままであれば、個人のプライバシー侵害や情報の二次利用といったリスクも生じうる。 AIが職場に導入される現代において、企業には単なる効率性の追求だけでなく、従業員に対する説明責任およびデータ利用の透明性確保という倫理的義務が求められている。こうした原則が守られなければ、AI 活用に対する社会的信頼そのものが揺らぐことになる。

⑵ AIのバイアスと評価の公平性の問題

AIは、学習に使用するデータやアルゴリズムに人間の偏り(バイアス)が含まれることにより、出力結果にも偏りが生じる危険がある。実際、採用過程でAIを用いたある事例では、女性を不利に扱う学習傾向が確認され、2018年に運用が中止された。

このような問題は、AIによる賃金査定にも当てはまる。学習データや評価基準の中に偏りがあれば、AIの判断結果が特定の個人や集団を不当に差別する危険がある。さらに、AI が過去の人事評価や昇進記録などを学習する場合、そのデータ自体が過去の社会的・組織的偏見を内包していることが多い。AIは「過去の判断」を再現する性質を持つため、既存の不平等をそのまま将来に持ち込むおそれがある。

したがって、企業はAI導入時に学習データの構成や属性を精査し、性別・年齢・職種などによる不当な格差を再生産しない仕組みを構築することが不可欠である。

(3) AI アルゴリズムの不透明性と説明責任の欠如

ディープラーニングを用いたAIは、仕組み(アルゴリズム)が非常に複雑であり、AIがどのように結論を導いたのかを人間が説明できない場合が多い。そのため、AIによる賃金査定では、従業員が自分の情報がどのように評価され、どのような基準で査定結果が決定されたのかを理解できなくなる恐れがある。

このような「ブラックボックス化」により、査定の透明性や会社の説明責任が失われる危険がある。さらに、企業自身もAIの判断過程を完全に把握していない場合、誤った結果が出ても責任の所在が不明確になる。結果として、「AIがそう判断したから」という理由で処遇が正当化され、人間の判断責任が曖昧化する恐れがある。AIを導入する企業には、アルゴリズムの基本構造や評価要素を明示し、従業員が説明を求めた際に合理的な説明を行う体制を整備することが求められる。説明責任の確立は、技術的課題であると同時に、労使関係の信頼を維持するための社会的義務でもある。

⑷ AIへの過信と人間の判断責任の喪失

AIの判断に過度に依存することは、人間の最終的な判断責任を放棄する危険を伴う。

⑸AI 導入における説明責任と透明性の確立

AIによる賃金査定は、業務効率化という利点を持つ一方で、個人情報の取扱い、公平性、透明性、そして人間の過信といった多くのリスクを抱えている。企業はこれらの課題を十分に理解し、労働者の権利を守るために、AIの仕組みや判断の根拠を明確に説明し、必要な情報を適切に開示する責任を果たすことが求められる。

AIが提示する結果は、一見すると客観的で中立的に見えるが、実際には学習データや設計思想の偏りを内包している可能性がある。そのため、人間がAIを過信し、結果を無批判に受け入れれば、評価の不当性が見過ごされる危険がある。

AIの導入は「判断の自動化」ではなく「判断の補助」として位置づけるべきであり、最終的な決定には常に人間の責任が伴うという前提を明確にしなければならない。

さらに、AIによる評価の正当性を担保するためには、労働組合や従業員代表が関与できる監視・検証の仕組みを制度的に整備し、労働者が自らのデータ利用や評価結果について異議申し立てを行える環境を保障することが不可欠である。こうした透明で説明可能なAI 運用こそが、技術革新と人権保護を両立させるための鍵となる。

3 和解の成立と声明文の概要

翌24年のたたかいでは、ストライキ行使を計画通りできなかった前年の失敗から、執行部、そして労働組合員の意思統一を最重点に、たたかいに向かうことを決意した。今回初めて我々の要求根拠や想いを伝えるべく 1 回目の交渉を「要求提出団交」として位置付けた。参加者全員が発言ワークショップで自分たちの発言をブラッシュアップし合い、交渉の場では涙に声を詰まらせて発言する労働組合員もいた。
その声を受け止めての回答は、当初の指定日 2月14日から3 週間遅れた3 月 7 日に提示された。月給食5000円、時給職50円の回答である。初めて全員のベースアップを勝ち取った昨年を上回る額の回答だが、要求金額には程遠い。そこで、統一行動日の3 月13日に、この回答では私たちの生活は守られない、私たちはストライキを配置してたたかうことを書いたチラシの配布を会社入口で行った。 3 月21日の 2 回目交渉では全く前進回答が出ず、委員長が3 月28日にストライキを配置することを宣言して終了した。その後はストライキに向けて準備を進め、再回答期限日に人事から「再回答はない、ストライキ決行だよね?」と確認された。委員長の意思も強く固まった瞬間である。

以上のような問題点を踏まえ、労働組合はAIによる賃金査定の運用において、透明性・公正性・説明責任の確保を重視し、これらの課題を是正する内容の和解実現を目指した。和解協議の具体的なプロセスおよび和解協定書の内容は非開示とされているが、双方の誠実な協議の結果、2024年8月1日、東京都労働委員会のあっせんにより和解が成立した。今回の和解は、AI活用と労働者の権利保障の両立を模索する上で重要な一歩であり、今後の企業におけるAI運用に対しても一定の指針を示すものである。なお、和解の詳細については、後掲の組合による声明文にまとめられているので、そちらを参照されたい。

《資料1》 声明(AI不当労働行為事件の和解成立にあたって)2024年8月1日

1 東京都労働委員会において、2024年8 月1日、私たち労働組合(以下、労組)と日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)との間で、給与調整(賃金査定)におけるAI(人工知能)の利用について次の合意を含む内容の和解が成立した(別紙)。

⑴ 日本IBMは、労組に対し、賃金査定でAIに考慮させる項目全部の標題を開示する。

⑵ 日本IBMは、労組に対し、⑴の項目と賃金規程上の評価項目との関連性を説明する。

⑶ 日本IBMは、労組が組合員の賃金査定について昇給ゼロ、減額、低評価などの具体的な理由とともに疑義を指摘した場合、当該疑義を解消するために、必要なAIの提案内容を開示する。

⑷ AIについての賃金評価方法に関して、今後疑義が生じた場合には、日本IBMは労組と誠意をもって協議するものとする。

2 この事件は、2019年8月、日本IBMがグループ社員に向けて、賃金査定に自社開発のAI(ワトソン)を導入したと発表したことを受け、労組が、AIに考慮させる項目やAIの上司に対する提案内容の開示などを求めて団体交渉を要求したことに端を発する。日本IBMが開示を拒否したので、労組は、同社の対応が労働組合法7条の禁じる不当労働行為(不誠実交渉、支配介入)に当たるとして、2020年4月、東京都労働委員会に救済を申し立てた。なお、申立て後、日本IBMの一部事業がキンドリルジャパン株式会社(以下、キンドリル)に会社分割されて、労組員の一部はキンドリルに承継されているが、キンドリルは、現在はAIを賃金査定には使用していない状況にある。

3 社会の様々な領域でAIの利用が進む一方、社会に残る差別(人種、性別、国籍etc.)をAIが学習して再現したり、判断過程がブラックボックス化して理解不能に陥るなどの弊害が指摘されている。企業が人事管理にAIを利用する場合、公正性と透明性の確保が課題となるが、法規制は進んでおらず、個々の労働者の努力には限界がある。

今回の和解は、賃金査定にあたってAIの評価項目や提案内容を明らかにするという透明性を確保する労使の合意をしたものである。これは労働組合が主体的にAIの利用を監視し、企業に応答責任を課すことで、AIを利用するにあたって労働者の権利と労働条件を守るという労使合意のモデルを提供するものである。職場におけるAIの利用方法は千差万別で今後の動向も流動的であるため、法規制のみには限界があり、この労使合意モデルが今後の出発点になるべきである。今後は、AIの評価によって減額等の疑義が生じた場合のAIの評価(評価根拠・基準、アルゴリズム等)の妥当性・公正性の確保が課題となる。IBMはAIを自ら開発して市場に提供する_AIベンダーであるから、今回の和解内容が履行される過程で生じる課題に対する私たちの取組の成果は、同社のAIや同種のAIを利用する他の職場にも波及すると予想される。私たちは日本IBMの従業員が加盟する労働組合としての重い責任を自覚し、労働者・労働組合の先頭に立つ気概を持って、今後とも労働者の権利を守り労働条件の改善に取り組む所存である。

別紙

( 1 )平成30年9月25日付けで締結した和解協定書第3項の規定は、現在も有効であることを確認すること。

( 2 )労働条件・賃金交渉に当たって、組合側が具体的な理由とともに回答根拠の説明や資料開示を求めた場合、日本アイ・ビー・エムは、これに試実に応じ、資料を開示することができない場合は、その具体的な理由を説明すること。

( 3 )組合ら及び日本アイ・ビー・エムは、日本アイ・ビー・エムが給与調整に当たって使用するAIに関して、別紙1に記載のとおり合意したこと。

( 4 )今後、日本アイ・ビー・エムにおいて、社員に対して給与レンジの上位・中位・下位その他の区分を使用して給与調整を行う場合には、日本アイ・ビー・エムは、_組合らに対してそれぞれの具体的な方法(金額幅)を開示すること。

( 5 )日本アイ・ビー・エムは、今後、会社以外の施設を借りて1,000人程度の社員が参加し、社内クラブの参加を広く認めるイベントを開催する場合には一定の場合に所定のイベントへの組合らの参加を認めること。

別紙1

・日本アイ・ビー・エムは、組合らに対し、令和元年及び今後の給与調整に当たって、AI に考慮させた項日全部の標題を開示する。なお、組合らは、本協定に基づき日本アイ・ビー・エムが開示した項日の標題について、みだりに第三者に購示しない。

・組合らが、個々の組合員の給与調整について、減額、昇給ゼロ、低評価などの具体的な理由とともに疑義を指摘した場合は、日本アイ・ビー・エムは、当該疑義を解消するために、必要なAIの提案内容を提示し、当該内容を誠実かつ具体的に説明する。

・日本アイ・ビー・エムは、AIに考慮させる項日について、格付規程第5条に定める要素との関連性を説明する。

・AIについての賃金評価方法に関しては、今後疑義が生じた場合には、組合らと日本アイ・ビー・エムは、誠意をもって協議するものとする。・日本アイ・ビー・エムは、組合らに対し、令和元年及び今後の給与調整に当たって、AI に考慮させた項日全部の標題を開示する。なお、組合らは、本協定に基づき日本アイ・ビー・エムが開示した項日の標題について、みだりに第三者に購示しない。

・組合らが、個々の組合員の給与調整について、減額、昇給ゼロ、低評価などの具体的な理由とともに疑義を指摘した場合は、日本アイ・ビー・エムは、当該疑義を解消するために、必要なAIの提案内容を提示し、当該内容を誠実かつ具体的に説明する。

・日本アイ・ビー・エムは、AIに考慮させる項日について、格付規程第5条に定める要素との関連性を説明する。

・AIについての賃金評価方法に関しては、今後疑義が生じた場合には、組合らと日本アイ・ビー・エムは、誠意をもって協議するものとする。

JMITU 日本アイビーエム支部 大岡義久

(月刊全労連2025年12月号掲載)

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