2025年度最低賃金額改定の目安審議に向けた意見書
中央最低賃金審議会 御中
2025年6月19日
全国労働組合総連合(全労連)
議長 秋山 正臣
はじめに
本年度の最低賃金改正の審議にあたり、全労連は、中央最低賃金審議会に対して、物価高騰のもとで広がる貧困と格差の是正、地域経済の再生のため、第一に、最低賃金の地域間格差(額)を解消し、全都道府県で人間らしく暮らせる最低生計費(1,500円以上)に引き上げる目安額を答申すること、第二に、最低賃金の引き上げを円滑に実施するため、中小企業・小規模事業所への助成措置を行うとともに、原材料費と人件費が価格に適正に反映される仕組みを国に要請することを求めます。
今、「賃金が上がらない国」日本が社会的に可視化され、労働組合はもちろん、政府や大企業も「賃金引上げ」が必要と言わざるを得ない状況となっています。一方で、トランプ関税の影響を口実に大企業の「雇用調整」が報道され、リストラが強まることや賃上げにブレーキをかける動きが始まっています。リーマン・ショックなど経済危機に見る日本の雇用破壊と賃金抑制による「労働者しわ寄せ型」経済の誤りを繰り返してはなりません。
日本の実質賃金は2024年で前年比0.5%減、3年連続マイナスとなり、2025年4月の毎月勤労統計調査(速報)でも、前年同月1.8%減、4カ月連続のマイナスです。「高水準だった春闘での賃上げが反映され始めたものの、米価の高騰など物価高に賃上げが追いつかない状況が続いている」と報道されています。こうしたなかで、政府が「賃上げこそが成長戦略の要」と位置づけ、最低賃金については「2020年代に全国平均1,500円」の実現を掲げたことに、多くの問題点はありつつも、私たちは注目しています。 賃上げを日本の経済成長の要にすえ、「実質賃金があがる国」へ転換し、GDPの6割を占める個人消費の確実な拡大、地域循環型経済への転換を進める必要があります。そのためにも、働けば、人間らしく暮すことに足る最低生計費を明確にし、その実現のための審議を中央最低賃金審議会に求めるものです。それが、生存権を保障することで経済の安定をはかることを目的とする最低賃金法の役割だと考えます。
1.物価高騰下でも、どこでも、働けば人間らしく暮らし、「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」を保障する目安を出してください
2024年地域別最低賃金改定では全国加重平均1,055円(前年比51円・5.1%増)と過去最高となりました。しかし、この改定で時給が引きあがった最賃近傍で働く労働者からは、「物価高騰で食費を削っている」「お米が高く、麺類にしている」「病院にいけない」等、深刻な声が上がっています。
全労連と地方組織が全国27都道府県で約5万人の協力で取り組んできた“マーケットバスケット方式”による「最低生計費試算調査」によると、全国どこでも25歳単身で月額24万円(税込み)・時間額1,500円以上(月150時間換算)必要との結果が示され、人間らしく暮らせる最低生計費は、都市部でも地方でもほぼ同額であることが明らかになっています。そして、物価上昇を加味した直近のデータでは1,700円、1,800円の結果が出ており、1,500円では足りない状況が示されています。(資料1・2参照)
また、海外では多くの国で物価上昇や一般労働者の中央値を指標に、最低賃金の大幅な引き上げがなされており、オーストラリア2,411円、イギリス2,216円、アメリカのワシントン州では2,421円になっています。主要先進国の中で日本の最低賃金(平均)は低水準にあり、隣国の韓国の最低賃金よりも低い水準となっています。世界的にみても日本の最低賃金の低さは際立っています。日本の実質的な最低賃金である秋田県の最低額は951円ですが、仮に月150時間働いたとして月14.2万円、年収 171.1万円です。173.8時間換算でも月16.5万円、年収198.3万円で、ここから税・社会保険料が引かれ、普通に暮らすことは到底、難しいのが現実となっています。
改めて、働くことで、人間らしく暮らし、「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」を保障する生計費を議論し、それにふさわしい目安とするため、これまでの延長線上ではない目安を求めます。
2.全国一律制度実現めざし、地域間の格差(額)解消のメッセージとなる目安を出してください
最低賃金に地域間格差があることによって、最低賃金が低い地方では、労働者、特に若者が都市部へ流出する要因になっています。最低賃金の地域間格差は、労働者の賃金格差となっています。都道府県別の平均賃金(年収)はもちろん、診療報酬、介護報酬は全国一律であるにもかかわらず、医療・福祉業の所定内賃金は、地域別最低賃金の地域間格差とリンクしています。最低賃金の地域間格差は、公務員賃金、生活保護、年金、保険料に至るまで様々な制度の格差となっています。その結果、地方の高齢化と過疎化が進み、活力が奪われ、地域経済の疲弊を招いています。
地方から大都市への人口移動に歯止めがかからず、地域経済を冷え込ませ、地方の中小企業が労働力を十分に確保できない等、深刻な影響を与えています。人口格差の是正には、ベースとして最低賃金(賃金)の地域間格差の是正が必要です。そのうえで、地域特性を生かした施策をすることができます。いくつかの自治体首長は、人口の流失や地域経済の疲弊を、これ以上放置できないと、地方最低賃金審議会にむけ、格差是正とそのための最賃引き上げを求めて声を上げ行動しており、地方政治の重要な焦点になっています。
2024年の改定では、最高額の東京都が1,163円、最低額の秋田県は951円で212円(18.2%)もの格差があります。しかし、前述したように「最低生計費試算調査」の結果は都市部も地方も25歳単身で月額24万円(税込)、時間額1,500円以上(月150時間)必要との結果が示されています。
昨年は、徳島県が目安額50円に+34円の84円増という大きな変化をつくりましたが、現行法のランク制による地域別最低賃金である限り、最低賃金の低い地域は、その現状の支払い能力や経済状況が勘案されて決められるため、低いままに決定される構造的な問題をもっていると考えています。目安額の上乗せも、最下位にならないためで、労働者の生活を支えるためのものとなっておらず、目安方式の目的が半ば喪失させられている事態と考えます。近隣県より1円高くする競争となっているのが現実です。「地域間格差拡大の抑制」という点から、最低賃金が高い地域は低い地域を考慮することで、引き上げを抑制する要因ともなっています。212円(18.2%)と開いた格差を改善するには、全国一律に最低賃金法を改正することが必要です。そして、そのことは、大幅な引き上げを検討する今が好機だと考えます。
昨年、中央最低賃金審議会は、ABCランクとも一律「50円」の目安額としました。この目安答申に対して、27の地方最低賃金審議会が上乗せの答申を行いました。この結果は、国によって低くランク付けされ、差別されている地方が抱いている厚生労働省と中央最低賃金審議会が行った目安答申への抗議の意味をこめた“怒りの反乱”に見えます。こうした中央最低賃金審議会の目安に大幅に上乗せする答申を出した意味を、厚生労働省と中央最低賃金審議会は重く受け止め、「AランクよりもBランク、BランクよりCランクの方が高い目安額」など、地域間の額差を縮小するメッセージとなる目安を検討いただくよう要請します。同時に、中央最低賃金審議会として国に対して「最低賃金法を全国一律制に法改正する」ように進言する答申をするよう要請します。
3. 中小企業支援策の抜本的な強化を政府に求めてください
政府は、最低賃金について「2020年代に全国加重平均1,500円」を目標とし、「『中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画』の施策パッケージ案」(以下、「施策パッケージ案」)を示しました。これは、支払い能力ありきでなく、最低賃金(賃金)を上げることで、政府の施策を強化し、企業努力を促すもので、この方向性は私たちが求めてきたことであり重要な転換と捉えています。しかし、前述したように歴史的な物価高騰のなかで、すでに時給1,500円では暮らしていけない水準であること、その実現に5年もかかる計画であること、そして、なによりも政府目標が地方別最賃の加重平均であって全国一律ではないことなど、不十分なものと言わざるを得ません。
働けば、誰もが人間らしい生活が得られるようにすることは、国の責任であり、最低賃金はその責任を果たす重要な賃金規制です。しかし、中小企業の支払い能力がないことが、最低賃金があがらないことを正当化する理由になってきました。日本の企業の99.7%が中小企業であり、労働者の約7割が中小企業で働いています。最低賃金引上げ目標実現のためには政府による中小企業支援強化が欠かせないことは明らかです。
賃金を「企業収益の分配」として考える「支払能力論」では、賃金が「労働の適正な対価」であるという大原則を見失わせています。中小企業などの賃金引き上げを困難にしている原因は、労働の対価を保障できる水準に届かない価格設定、流通機構の問題、搾取の自由などにあり、適正な賃金が保障できる価格設定が必要です。
政府による中小企業支援強化策が「施策パッケージ案」ですが、その内容は、労働者や企業に生産性向上、効率化、省力化(=人員削減)を迫ることを主とするもので、国の生存権保障を責任転嫁するものと言わざるを得ません。日本企業の生産性は上がっているにもかかわらず、賃金があげられていないのが現実です。政府として最低賃金(賃金)の引き上げをかかげるならば、「生産性向上、効率化、省力化」を求めるのではなく、中小企業・小規模事業者が求めている、社会保険料(事業主負担)減免や、いくつかの自治体が実施している賃金引き上げ分の直接補助を実施すべきです。
また、「施策パッケージ案」は、大企業の過去最高にまで膨れ上がった内部留保を労働者、そして中小企業に還元することを迫るものとなっておらず、結果として、政策として的確と言える労務費の価格転嫁促進、公正取引の確立、公的発注に関わる最低制限価格制度の徹底なども、実現性に疑問符をつけざるを得ません。日本の労働者の低賃金と中小企業の厳しい実態は、大企業の利益優先が生み出したゆがみです。ここを政府が規制しない限り、賃上げ原資を中小企業にもたらすことはできません。M&A(合併・買収)などで、中小企業を淘汰・整理し、雇用流動化で労働者に自己責任を強いることは、雇用喪失と地域経済の破壊につながるものです。適正な公正取引がなされる施策を、強制力をもって強化することが必要です。
労働者の雇用と生活を守る企業責任は、中小企業であっても決して曖昧にすることはできません。雇用維持と8時間働けば「ふつう」に暮らせる賃金の支払いが必要です。最低賃金は生存権を保障する水準でなければならず、「払えるかどうか」で決めるのは本旨ではありません。
物価高騰から生活を守り、物価上昇率を上回ることはもちろん、労働者の生活改善が実感できる、全国どこで働いても人間らしい生活ができる大幅な引き上げと、地域間の格差(額)を解消していくメッセージになる目安ととともに、最低賃金の引き上げには中小企業に対する支援策の抜本的な強化を求める提言を出していただくことを求めます。
4.審議を全面公開し、広く国民が関心をもてる運営に改善してください
中央最低賃金審議会は、一昨年、私たちが求めてきた、審議の「原則公開」をおこない、その流れは全国で広がりました。しかし、審議は「公開」したものの、金額など実質的な審議は相変わらず、非公開の「公労」や「公使」の「二者協議」でおこなわれており、議事録も残りません。
2025年度最低賃金額改定の目安審議は、最低賃金近傍で働く労働者にとって、また、「労働者しわ寄せ型」経済を転換し、「賃金があがる国」にしていく流れを加速するうえでも重要なものとなります。
全面的に公開している鳥取地方最低賃金審議会では、「公開することで議論が活発になった」(鳥取県最低賃金審議会元会長の鳥取大学名誉教授・藤田安一氏の談話)という経験が報告されています。「原則公開」の原点に立ち返って、審議の透明性を確保し、広く国民が関心をもてる運営に改善していただくことを求めます。
さいごに
人口減少が加速しています。2024年の合計特殊出生率は1.15で統計がある1947年以降で過去最低となっています。同年の出生数は68万人台となり、推計より15年前倒しとされるほどです。加えて、東京一極集中に象徴されるように、地方から都市部への人口移動がコロナ「5類」移行後に加速しており、地方経済に大きなダメージとなっています。
出生の減少は、出産後の支援強化も必要ですが、根本的には希望する人全員が子どもを産み育てられる経済的基盤を持つことが大前提だと考えます。同じ仕事をしているのに、働く地域によって大きく異なる賃金水準を放置しては、賃金の高い地域に労働者が移動することを防ぐことはできないと考えます。
これらを是正するために国ができることは、最低賃金を大幅に引き上げるとともに、全国一律にすることだと考えます。そのことを述べて全労連の意見とします。
以 上