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【見解】「改憲手続き法案」での公務員等の国民投票運動の禁止規定にかかわって

公務員、教育者の憲法活動の自由を奪う「改憲手続き法案」は廃案しかない

2007年5月8日
全労連公務員制度改革闘争本部

はじめに

(1)国会で審議中の「改憲手続き法案」では、一定範囲の国民(公務員、教育者)の「国民投票運動の禁止」が規定されているが、主権を制限する規定としては合理性や厳密性に欠けている。

 ここでいう「国民投票運動」とは、「憲法改正案に対し賛成又は反対しないよう勧誘する行為」とされている。「勧誘」とは、「新聞の勧誘」、「消費者契約の締結についての勧誘」などの使用例と同列と考えられ、強制や金品の授受を伴う行為はもとより、ビラ、口頭、電話、メールなど、行為の態様を問わないものと考えられる。

 この制限規程は、特定利益を代表する議員選択の手続き法案である公職選挙法以上に広範な規制となる危険性を持っている。主権者国民としての選択をおこなう「憲法国民投票」にかかわる規制としては、合理性や厳密性に欠け、違憲の疑義がある。

(2) 国民投票運動が禁止(規制)される公務員等は、次のものである。

 「改憲手続き法案」では、(1)投票事務関係者(「投票管理者=法第48条・市町村単位」、「開票管理者=法第75条・市町村単位」、「国民投票分会長=法第89条・都道府県単位」、「国民投票長=法第94条・国単位」)=法第101条、(2)中央選挙管理会の委員等(中央選挙管理会の委員及び庶務に従事する総務庁の職員、選挙管理委員会の委員及び職員、国民投票広報協議会事務局の職員)=法第102条、(3)公務員及び教育者の地位利用による国民投票運動=法第103条、の3類型となっている。

 この内、法第103条に規定する公務員とは、国若しくは地方公共団体の公務員、特定独立行政法人若しくは特定地方独立行政法人の役員、職員若しくは国民金融金庫など公庫の役職員を言い、教育者とは学校教育法に規定する学校の長及び教員を言うとしている。

(3) 公務員の中には、国や、地方自治体に雇用されない「公務員」も含まれている。

 特定独立行政法人、特定地方独立行政法人の役員、職員は、法人業務の特性から「公務員の身分を与える」とされ(独立行政法人通則法第2条、地方独立行政法人法第2条)、公庫の役職員については個別法で、刑法の罰則規定の適用が「公務に従事する職員とみなす」とする「公務員たる性質」が規定されている。

 なお、日本私立学校振興・共済事業団などの事業団、保険業法にもとづく保険契約者機構、地方住宅供給公社法にもとづく住宅供給公社などの特殊法人にも同様の「みなし公務員規定」があり、これらの役職員を規制対象から除外している理由は不明である。

 「改憲手続き法」の条文の作り自体は、公職選挙法第136条の2(公務員の地位利用による選挙運動の禁止)と同様となっており、「改憲手続き法案」の提案説明でも、「公職選挙法における地位利用とその意味内容は同じでございますけれども、修正案におきましては、その地位利用の意味内容をさらに具体化したもの」と述べている。

 規制対象の公務員の範囲の選定が恣意的であり、法の正当性に疑問が生ずる。

(4) 公務員の地位利用とは別に、公務員の政治的行為規制と憲法国民投票との関係が検討課題とされている。現行の公務員法で規制される政治的行為とは断定できない憲法国民投票にかかわる行為を、あらためて検討の遡上に乗せる必要はない。

 「改憲手続き法案」附則第11条は、「公務員の政治的行為の制限に関する検討」を規定し、「公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他の意見の表明が制限されることにならないよう」に公務員法における「公務員の政治的行為の制限」の検討と法制上の措置を「改憲手続き法」の施行までに行うように求めている。

 現行の公務員法では、特定の政治目的のもとに行われる政治的行為が規制の対象となっているが、憲法国民投票にかかわる主張が、「特定の政治目的」に該当するとは必ずしもいえない。

1 公務員及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止の問題点

(1) 「改憲手続き法」第103条に規定する「公務員の地位利用」の規定は厳密性にかけ、濫用の恐れがある。

 公職選挙法は、「その地位を利用した選挙運動(候補者推薦への関与、投票の周旋など)」を禁止している。

 「改憲手続き法案」では、「その地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行ない得る影響力又は便益を利用した国民投票運動」を禁止している。すなわち、改憲にかかわって、他者に対し、賛成又は反対するよう、公務員の地位にあることや教育者であることを利用して、影響力を行使するという、極めて広い範囲の行為が禁止されることになる。

 公職選挙法にかかわる過去の判例でも、直接的な指揮監督権限を有しなくても人事権などで影響力が有ると判断される者の選挙活動を「地位利用」とした判決(昭和39年5月11日・名古屋高等裁判所)もあり、「地位」の概念は広く把握されている。

 これを前提とすれば、公務員労働組合の役員である職員が、部下である組合員に対して、「改憲反対」のオルグを行なった場合や、大学の教員が投票権を有する学生に対して「改憲反対」の論調での講義をおこなったような場合も、国民投票運動の禁止に反する行為とされる危険性もある。そのことからして、「効果的に行ない得る影響力」の具体的内容の明確化が必要であると考えられる。

 なお、民間企業の役員などは、公務員よりはるかに強い「影響力」を行使できると思われ、法的なバランスを欠いた規定ともいえる。

(2) 「国民投票運動」の規定(「憲法改正案に対し賛成又は反対しないよう勧誘する行為」)も極めて不明確、曖昧であり、拡大解釈による恣意的な運用が強く懸念される。

 公職選挙法第136条の2で例示するのは、「運動の企画」、「運動団体(後援会)の結成」、「刊行物の発行、頒布」などであるが、「改憲手続き法」では例示規定がないために、「影響力を利用」しうる者に対して、自らの意見を開陳することまでもが禁止対象の「国民投票運動」とされる危惧は払拭できない。

 公務員法で規定する政治行為の検討以前の問題として、「改憲手続き法」第103条の規定は、公職選挙法と比較しても、公務員や教育者にとってはより恣意的で厳しい禁止規定になっているのではないかと考える。

 法第100条では、「適用上の注意」を規定しているが、これは単なる訓示規定であって、第103条の萎縮効果を減殺するものとは考えられない。

(3) 「国若しくは地方公共団体の公務員」との規定には次のような疑問が生ずる。

 ここでの公務員は、非常勤職員も含み、一般職か特別職かを問わないものと解される。それは、特別職地方公務員とされる特定地方独立行政法人の役員と、一般職地方公務員とされる地方独立行政法人の職員が、「改憲手続き法」第103条では、一括りで規定されていることからも推認できる。また、公職選挙法に規定する「公務員」には、選挙によって選任される都道府県知事、市町村長なども含まれると解されていることにも留意する必要がある。

 特別職であるが行政組織の責任者である内閣総理大臣や自治体首長の地位を利用した「国民投票運動」はどのようなものが対象となるのか、非常勤国家公務員である各種審議会の委員(例えば経済財政諮問会議の民間議員)の「国民投票運動」とは、について論議が必要ではないかと考える。

(4) 政治的行為にかかわる公務員法上の公務員の範囲と、公職選挙法上のそれは、もともと異なりがある。

 地方公務員法では「地方公営企業の管理者及び企業団の企業長の職」や「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員」などは特別職地方公務員とされ、地方公務員法第36条の「政治的行為の制限」規定の適用除外とされている。国家公務員法でも、顧問、参与、委員で諮問的な非常勤職員(人事院規則14-7)などは、第102条の適用が場外されている。

 公職選挙法の地位利用との関係で規定される公務員の範囲と、公務員法で規定する政治的行為が制限される公務員の範囲は異なっている。「改憲手続き法案」でも地位利用と政治的行為は区分して議論される必要がある。

2 「国民投票運動」における公務員の地位利用と公務員法による行政処分との関係

(1) 憲法国民投票運動での公務員の地位利用は懲戒処分の対象になるとされ、公務員の運動参加の規制がねらわれている。

 「改憲手続き法案」では、第103条違反についての罰則が規定されていない。したがって、地位利用によって、公務員が失職等の「危機」にさらされることはないし、警察権力が介入する余地も少ない。しかし、法に違反は、公務員法で、人事考課に影響する懲戒処分の対象(国家公務員法第82条など)とされており、不利益を伴っている。

 加えて、違法行為については、公務員の地位の特殊性から派生する「信用失墜行為」や、官民ともに求められる「職務専念義務」との関係でも懲戒処分の対象となることも考えられ(国家公務員法第99条など)、不利益が加算されることも危惧される。

 この点で、「改憲手続き法案」の提出者も、「罰則はございませんけれども、公務員の場合には、特に悪質な行為ということになった場合には、信用失墜行為等の公務員法制上の懲戒処分による制裁は当然あり得る」と説明している。

(2) 地位を利用した「国民投票運動」であることの「認定」は、処分権者がおこなうことになると考えられるが、規定振りからして、恣意的な運用が強く懸念される。

 例えば、公務員のある行為が信用失墜行為とされるのは、勤務時間の内外を問わず、法令違反という「反社会的行為」が、国民の信頼を裏切り職や公務員の信用を失墜させることになるから、とされている。したがって、「改憲手続き法案」第103条に違反する行為であることの「認定」が必要となる。

 先にも触れているように、同法案の規定は極めて曖昧であり、かつ、警察権力の介入を排除した違法行為であることから懲戒権者(処分権者)が違法行為を認定せざるを得ず、恣意性が排除できない。そのことは、改憲反対を主張する労働組合運動への当局の介入の余地の大きさにも繋がりかねず、あるいは東京都における「日の丸・君が代」通達問題類似の対立と混乱の要因ともなりかねない。また、処分権者の恣意性が高い故に、公務員に対しては強い萎縮効果を生じさせる可能性がある。

(3)  国民投票運動の具体の内容が不明確なことから、職務専念義務とかかわっても、「違法行為」の認定に恣意性、裁量性が入り込む余地が大きく、処分の乱発を招きかねない。

 職務専念義務違反は、勤務時間中の行為を対象とすることになる。例えば、教育者が授業中に「改憲反対」の内容で授業を行った場合に、「改憲手続き法案」第103条に違反とされると、信用失墜行為であると同時に、「地方公共団体がなすべき責を有する職務」(地方公務員法第35条)に反する行為として職務専念義務違反にも問われる可能性もある。

 また、公務員ではない私立学校、国立大学法人の教育者についても、就業規則で職務専念義務を明記している場合(例えば、国立大学法人京都大学では、「教職員は勤務時間中職務に専念し、次条に定める場合を除き、職務とは関係のない行為をしてはならない。」と規定)に、これに反する行為として懲戒処分の対象とされることになりかねない。その際の懲戒権者の裁量性の広さは前述と同様であろう。

3 公務員の政治的行為の制限と「国民投票運動」の関係

(1) 公務員法で禁止されている政治的行為とは、特定の政治目的も持った特定の政治的行為であり、拡大解釈の余地の少ない制限列挙の行為制限である。「憲法国民投票」にかかわる行為は、現行公務員の規制する政治的行為とは言えない。

 公務員の政治的行為の制限は、「政党又は政治目的のため」に「政治的行為」をしてはならない、と規定している。したがって、法(又は人事院規則)で定められ、列挙される「政治目的」とは異なる目的での「政治的行為」は、制限の対象とならない。

 それは、憲法第21条が保障する政治活動の自由は、原則として公務員にも適用されるところ、一方で憲法第15条に規定される公務員の基本的な性格(全体の奉仕者)との調整の観点から、「政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治行為を禁止することは、それが合理的で必要やむえない限度のとどまるものである限り、憲法の許容するところ」(昭和49年11月6日・最高裁「猿払事件」判決)と運用されていることにも反映している。

 なお、政治的行為の制限規定は、勤務時間の内外を問わないが、一方で、職員が本来の職務を行ううえで当然行うべき行為は除外されており、公務員たる教員が学術的見地からおこなう行為は政治的行為の制限外となっている。

(2) 現行の政治的目的の規定は、制限的である。

 制限される政治目的は、(1)公職の選挙における特定の候補者の支持又は不支持(人事院規則14-7、地方公務員法第36条)、(2)政党その他の政治団体の支持または不支持(人事院規則14-7、地方公務員法第36条、(3)特定の内閣(又は地方公共団体の執行機関)の支持、または不支持、(4)特定の政策の主張又は反対(人事院規則)、(5)国の機関等で決定した政策の実施の妨害、などとなっている。

 この内、「特定の政策」とは、日本国憲法に定められた民主主義の根本原則を変更する程度に「政治の方向に影響を与える意図」であることが前提とされており、そこまでに至らない特定の政策の実現を主張し、特定の法案の成立に反対することは政治目的には含まれないとされている(国家公務員法詳解)。

 また、国の機関等において決定した政策とは、国会、内閣などの権限を有する機関が正式に決定した政策で、実施可能な段階にあるものとされている。

(3) 憲法国民投票のみにかかわる行為を、現行の公務員法では、制限される政治的目的を有する行為ということはできない。

 憲法第96条の手続きの一環として国会が発議した「改憲案」に対する主張を公務員が行うことが、列挙される政治目的のいずれに該当するのかを検討することになる。

 改憲案の発議に当たって、いずれの政党が賛成し、あるいは反対したかは明らかであろうが、だからといって、改憲案への賛否を主張することが特定政党や特定内閣の支持、不支持を意味しないことは明らかだと考える。

 また、改憲にかかわる国民投票は、憲法が定める民主主義の原理に沿ったものと考えられ、改憲案に対する意見の表明こそ求められるところである。改憲案が「特定の政策」と言うこともできないし、「国の機関等において決定した政策」ともいえないと考える。

 憲法に規定される公務員の(現行)憲法遵守義務を主張し、あるいは発議された「改憲案」への賛否を表明することが「政治の方向に影響を与える意図」を有する「特定の政策の主張」ともならないと考える。

 したがって、憲法国民投票にかかわる公務員の行為を、公務員法が予定する政治目的をもつ政治的行為とすることにはならないものと考える。

(4) 「改憲手続き法案」附則第11条での公務員法の検討には、意図的なごまかしが含まれている。

 「改憲手続き法案」の提案者の答弁でも、「政治的目的を持たない賛否の勧誘運動について限定して見た場合には、このような運動は列挙された行為には直接該当しないために国家公務員によるこのような運動は禁止されない」としている。同時に、「地方公務員法36条において、公の選挙または投票において投票をするようにまたはしないように勧誘運動をすることを禁止される政治的行為として挙げ」ていることをもって、「改憲手続き法案」附則第11条の規定の必要性を説いている。

 これは、次の点で誤った解釈ではないかと考える。一つは、地方公務員法も国家公務員法と同様に、制限される政治目的(その内容は国家公務員法と同様)をもって特定の政治的行為をおこなうことを禁止しているのであり、憲法国民投票運動での賛否の意見表明が制約される政治目的を有することが確認されなければならない。しかし、先述したように、そのことを是認することはできない。

 二つには、憲法国民投票が、地方公務員法第36条にいう「公の選挙又は投票」に該当するかどうかと言う点である。その点で、「直接請求に関する署名を成立させまたは成立させないこと、あるいは条例の制定、改廃または監査の請求」は、「公の選挙又は投票」に該当しない(要説地方公務員制度)とされている。特定の政治勢力・候補者を選択する「選挙」とは異なる「請願権」(憲法第16条)の具体化は、地方公務員法でも政治的行為とはされていないと考えられる。そのことからすれば、憲法第96条の具体化である憲法国民投票を政治的行為とする理由もないものと考える。

(5) 「改憲手続き法案」は、公務員、教育者の運動を規制する目的で策定されていると考えざるを得ない。

 提案者の答弁では、「政治的行為の制限規定をこの国民投票運動に限って適用除外とすると、その他のさまざまな政治活動ということについて自由になってしまう」から、「具体的に何が自由であるか、何が制限される行為であるかということについてはなお検討が必要」であり、「少なくとも普通常識的に考えられる賛否の勧誘あるいは意思の表現、表示、こういったことについて制限されないように国家公務員法、地方公務員法を改正する検討をこれからやっていく」と述べている。

 既に述べたように、憲法国民投票にかかわる行為は、公務員には禁止をされる政治目的をもつ行為とは考えられず、かつ、投票の勧誘運動は制約対象の政治的行為とはいえないと考えられる。一方で、例えば、改憲反対を主張する政党機関紙を公務員が配布することは、現行の公務員法では、政治的目的をもつ政治行為とされ、刑事罰を伴う制約の対象(人事院規則14-7)となっており、その他のさまざまな政治活動とは明確に区分できる規定となっている。

 このように考えると、提案者がいう「公務員法の検討」は、現行公務員法では禁止される政治的行為とは必ずしもいえない憲法国民投票を、禁止対象に含めることを目的に行うこととも考えられる。憲法国民投票にかかわる公務員の「政治行為の禁止」論議は、運動の禁止・制約が前提となっていることを忘れてはならない。

以 上

 
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