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国旗 世界の労働者のたたかい
スイス
2003

 02年9月10日、国連総会はスイスの国連加盟を承認した。いわゆるナポレオン戦争の戦後処理の舞台となった1815年のウィーン会議で永世中立が認められて以来、中立政策を維持してきたこの国は、国連欧州本部や世界保健機構(WHO)、国際労働機関(ILO)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など国際機関を積極的に誘致し、またニューヨークの国連本部にオブザーバーを派遣したりしてきたが、しかし国連や欧州連合(EU)などへの加盟は拒否していた。今回の国連加盟について、スイス政府は中立政策維持を条件としたが、国際政治に対する姿勢の一大転換であることは明らかであった。
 これより先3月3日に、スイスは国連加盟の是非を問う国民投票を実施した。政府が推進役となり、与党4党のうち社会民主、キリスト教民主、急進民主の3党、経営者団体、労働組合などがこれを支持した。1)国連にはすでに189ヵ国が加盟し普遍的な国際組織となっている。2)旧ソ連・東欧の体制崩壊や経済・社会のグローバル化が進むもとで国際協調の必要性がますます強まっている。3)加盟しても中立政策は維持できる。政府はこれらの点を強調した。一方、反対派は与党に加わっている右派の国民党が中心であった。1)国連は米国主導の権力機関になっている、2)国連の決定に従って武力紛争に巻き込まれる恐れがある、3)経費負担の割にメリットがない、などが反対理由であった。
 さて憲法改正を必要とする主題の国民投票には2つのハードルがある。いわゆる「二重の過半数」で、投票総数の過半数だけでなく、過半数を得た州(カントン)が多数でなければならない。結果は賛成54.6%、州では23州中12州が賛成、承認基準のぎりぎりのクリアであった。しかし前回86年の反対75%からの変化は歴然であった。
 伝統的な直接民主主義の制度である国民投票は、02年にもいくつかのケースで行われた。本報告第8集に報告した「スイス労働総同盟」(SGB)発議の「週36時間制」の段階的実現の要求は上述の国連加盟の是非を問うた同じ3月3日の国民投票で、賛成25%de
否決された。一方SGBが推進して勝利した国民投票に「電力市場法」(EMG)反対のそれがある。電力供給の民営化を定めた同法の実施を阻止した9月22日のこの成果を、SGBは建設労働者の60歳年金獲得闘争(後述)と並ぶ02年労働組合運動の2大成果に数えている。
 国際的にも注目された国民投票に「難民規制の強化」を問うたそれがある。国連加盟の国民投票で反対に回った右派の国民党が「難民の権利濫用規制」案として提出したもので、経済難民のほぼ完全な締め出しを狙っていた。各種の国際機関、とくにUNHCR、ILOあるいは赤十字などの人権機関本部が集中する膝元で投じられたこの提案に、国連やスイス政府は懸命の反対キャンペーンを展開した。投票は11月24日であった。「歴史的僅差」と同国の新聞が報じたように、反対50.1%、3,422票の差で否決となった。「二重の過半数」の一方では、賛成の州12.5州、反対10.5州(3州に準州があり票は半数)で賛成が上回っていたのであるが。また同日実施の国民投票にはSGB発議の失業保険改悪反対のそれがあったが、難民規制強化案の陰に置かれた形で否決となった(後述)。
 02年のスイス経済は低迷した。リストラはこの国も例外でなく、企業倒産は数年来の最高を記録した。失業は他のヨーロッパ諸国に比べればなお低率ではあるが、この1年増勢が続いた。12月末の失業者数は約13万人、失業率3.6%で98年以来の最高、11月(3.3%)と比べても9,000人強の増加であった。年間平均の失業率は2.8%で、前年の1.9% を大きく上回るものとなった。とくに若年者の就職難が懸念されている。失業保険をはじめ、年金・医療など社会保障全般にわたる政策動向が労働運動の焦点になってきている。賃金動向について一言すれば、この国の協約改定は「賃金の秋」と言われるように秋に交渉が始まり越年妥結が多い。「連邦統計局」集計で02年の平均賃上げ率は名目で2.5%(前年2.9%)、2次部門1.8%、サービス部門2.9%であった。

労働組合の組織構造に新たな動き

 02年、スイスの労働組合の組織構造には注目されるいくつかの変化が起こった。「スイス労働総同盟」(SGB)は2つの上部団体の合同(後述)を歓迎する声明の中で、次のように述べた。「経済が変動し、社会保険、労働法、経済政策の分野での、さらにはまた協約政策での挑戦が、小さくではなくますます大きくなっているからには、労働組合とその構造も変化せざるを得ない」と。02年にはこの国の大組合の合同の動きがあった。単位組合の上部組織への加盟の例も見られた。組合員数の動きにも、組合自身の指摘によれば、転換の兆しが明らかだとされる。

◆「減少は明らかに弱まった、傾向転換が始まった」― SGBの組合員動向
 SGBはこの見出しを掲げて02年1月1日現在の組合員動向を発表した。組合員総数は38万4,142人で、1年前よりも2,096人、率にして0.5%の減少。SGBによれば、この減少は1991年来初めての小幅なそれであって、過去5年間つねに2%強であった減少幅を、傘下の組合が明らかに弱めることができた結果であった。そしてこの点は次のように根拠づけられた。
 SGB傘下14組合(02年1月現在)のうち、2000年には「サービス労組」(UNIA)、「公務員組合」(VPOD)、「マスメディア労組」(SSM)、「労働と正義のための組合運動」(GEWAG)の4組合が組合員を増やしたが、01年にはこの4組合が引き続き組合員増を記録するとともに、新たに「建設・工業労組」(GBI)と「スイス音楽家組合」(SMV)も加わり、6組合が組合員増となった。SGBはこの6組合の組合員増に2つの点で「傾向転換の兆し」を見る。1つは「公務員組合」に次いで「伝統的な」産業部門の組合であり、傘下最大手である「建設・工業労組」が、同部門の就業者減というマイナス条件の中でわずかではあれ増勢に転じたこと(9万985人が9万1,276人に)、いま1つは、他の4組合がいずれも新しい産業分野のそれであり、そこに組合の足場ができてきたと見られること。さらに「転換の兆し」を裏付ける別要因としては、ここ10年来の女性組合員の増加が指摘されている(01年0.5% 増で21.1%に)。
 一方、残る8組合は組合員減であったが、その理由として以下の点が挙げられている。1)経済の構造変動、工業セクターも含んでのサービス分野への就業者シフト、2)リストラと人減らし、3)公共分野も含めての有期雇用の増大と職業転換、4)職業移動の増大による入・離職の高まり(組合員になる前提としての一定の雇用安定性の後退)。

◆組合合同と新加盟
 これまでスイスには4つの上部団体が存在してきた。前述の「スイス労働総同盟」(SGB)14組合38万強、「キリスト教国民労組」(CNG)8組合約10万人、「スイス・サラリーマン連盟」(VSA)6組合約4万5,000人、「公務・公企体職員連盟」(F?V)9組合約15万人(このうち6組合約13万5,000人はSGBにも加盟―ただし上述のSGB組合員数にはカウントされない)。そして他に若干の独立組合がある。教職員組合、自治体職員組合、商店従業員組合などである。全体としての推定組織率は25%と言われている。ナショナルセンターとして位置づけられるのはSGBであろう。
 上記の上部団体内、あるいは上部団体間で、02年には次のような新しい組織構造上の動きがあった。1つはSGB内の2組合「建設・工業労組」(GBI、9万1,000人)と「工業・建設・サービス労組」(SMUV、約9万人)の合同合意である。9月7日に両組合は臨時大会を開き、04年をめどに合同することを圧倒的多数で承認した。組合員20万人に近く、約500の労働協約締結権を持ち、100以上の事務所、約1,000人の職員を抱えるスイス最大の労組の出現となる。新組合は民間のすべての労働者に門戸を開いた「汎職業労組」(Interprofessionelle Gewerkschaft、IPG)をめざすとされた。SMUV委員長は合同を「スイス労働組合運動の革命」と述べた。
 SGB内の組合合同としては税関職員の2組合(VSZPとVSZB)のそれがあった。両者は02年1月から「税関・国境警備職員労組」(garanto)として活動を始めた。
 上部団体間の合同としては「キリスト教国民労組」と「スイス・サラリーマン連盟」のそれ、Travail Suisse(労働スイス)の結成があった。組合員数約15万、スイス第2の上部組織の出発である。結成大会は12月14日、正式発足は03年1月である。大会には経済相パスカル・クーシュパン(03年1月から大統領に就任)が招かれ、「社会パートナーシップは民主主義の重要な手段」とのあいさつを贈った。一方、SGBは合同を歓迎する声明を出し、合同を「労働組合状況の歴史的に条件づけられた分裂の克服への一歩」とし、将来の共同行動の発展を期待した。
 最後に、SGBには2つの組合の新加盟があった。10月24日にSGB執行部は、「スイス福祉職員組合」(SBS)を正規メンバーとして、また「スイス舞台俳優組合」(SBKV)を提携組合として受け入れることを代議員会にかけると決定した。前者は約2,500人、後者は約900人である。この加盟によってSGBは傘下に16組合を持つことになる。

「年金のくすね」反対 ― 首都ベルンで1万5,000人の集会・デモ

 8月31日、「スイス労働総同盟」(SGB)の呼びかけで、「年金のくすね」(Renten‐Klau)に反対する集会とデモがベルンで行われた。1万5,000人が参加した。
 スイスの年金制度は「3本柱」で構成される独自性を持つ。「老齢・遺族保険」(AHV)と名づけられた全国民対象の公的年金制度が第1の柱である。子どもを除いて成人はすべて保険料を納入する。最低保険料が決められており、それは「専業主婦」も負担する。保険料算定限度額はなく、稼得者はその所得に応じて保険料を負担する。労働者と使用者は所得の4.2%、自営業者は7.8%である。しかもこの制度の特徴は給付が均一給付を原則としている点である。「百万長者はAHVを必要としないが、AHVは百万長者を必要とする」という俗言がある。
 第2の柱は「職場積立金」制度(BVG)である。強制的な企業年金制度で、労働者は報酬比例で「年金金庫」に拠出する。企業側はそれより少ない程度で加算する。拠出金は資産運用され、その利子とともに「年金基金」を構成し、それから該当者に年金が支給される。支給額は資本補償方式により、政府によって定められた利子率が算定基礎となる。
 第3の柱は任意の私保険であり、これには税法上の一定の助成措置がとられている。
 「8月31日ベルンでデモを」。SGBは8月16日、政府・議会の年金制度改定への抗議行動の呼びかけを行った。「年金のくすね」(Renten‐Klau)としてそのビラは7項目を挙げていた。政府が年金金庫の最低利子率を4%から3%に切下げることを決定したが、これは年金給付額の大幅削減になること、AHVでは子どものいない寡婦の年金の廃止が意図されていること、AHV年金の物価・賃金との調整を、これまでの2年ごとでなく3年にしようとしているが、これは5億フランの年金のくすねであること、使用者団体は年金受給年齢を68歳に引き上げようとしていること、政府と議会は失業保険の大幅改悪を実施しようとしていること。以上のような項目を挙げ、「われわれは我慢ならない、だから皆でデモへ」とそれは訴えていた。
 8月31日(土曜)のベルン集会には1万2,000人から1万5,000人が参加した。集会のモットーは「年金のくすね―ともにたたかおう」。
 あいさつに立ったSGB議長レヒシュタイナーは、制度改悪を進めようとしている政府を「年金にとってのリスク」と呼び、年金金庫基金の利子率切り下げは年金額の切り下げであり認められない,AHVの第11次改定が政府原案通りに行われる場合には国民投票も辞さない、と述べた。
 第11次改定案は年内は国会審議が継続中である。女性の受給年齢の65歳への引き上げ、寡婦年金の資格制限、賃金・物価変動との年金調整をこれまでの2年ごとでなく3年に繰り延べ、早期退職年金の削減などが争点になっている。
 一方、組合内では現行の「3本柱」の制度の見直し論議が強まっている。とくに第2の柱である「職場積立金」制度(BVG)について、それが「不公正・不安定」の度を強めているとの批判が出されるようになっている。SGBは10月24日から3日間ベルンで定期大会を開いたが(4年ごと)、提出された動議で最大の論議を呼んだのがBVG問題であった。「鉄道・交通労組」(SEV)が「13ヵ月目の年金」要求の動議を出したのが口火となった。現役の労働者が「13ヵ月目の賃金」(クリスマス手当あるいはボーナスに相当)を一般に受給しているのであるから年金受給者も、というのが提案の主旨であり、第1の柱AHVを改善・強化しようとする狙いを持っていた。いくつかの組合からはBVGからの離脱が主張された。数時間の討論ののち、大会は最後に、BVGについては解体ではなく改造を要求していくこと、そしてAHVについては「13ヵ月目の年金」を追求することを多数で決定した。AHVの強化については全会一致の賛成であった。
 付言すれば、前述ベルン集会の呼びかけには失業保険改悪反対の1項目があった。改悪の主な点は、55歳未満の長期失業者の手当給付日数を現行520日から400日への削減、これまで被保険者でない高給者に課せられていた「連帯保険料」の廃止、受給資格としての最低保険料給付期間をこれまでの6ヵ月から1年に延長。
 改定法は3月に国会で承認された。SGBは反対の国民投票を発議し、8月段階で約7万の賛成署名を集め、11月24日投票が決定された。右派の国民党が発議した「難民規制強化」(前述)のそれと同一日の実施であったが、結果は56.1%で否決され、新法が承認されることとなった。

小売業の開店時間の自由化をめぐって州の住民投票

 閉店法の緩和、開店時間の延長を要求する動きが強まっている。周辺諸国でも、たとえばドイツの再選されたシュレーダー政権が、年明けには緩和を政治日程にすること、当面は小幅に土曜の開店時間を20時まで延長することを公表しているし、オーストリアでも政府筋が小規模店舗にしぼって開店時間を延長する意向を示している。もちろん組合を中心として根強い抵抗も存在するが、一方ではドイツの百貨店カウフホーフのように、閉店法は企業の競争の自由を阻害するものだとして、労働裁判所に提訴する動きさえ起こっている。
 スイスでは9月下旬に、4つの州で開店時間延長の可否を問う住民投票が行われた。その結果は、ジュネーブでのみ延長が認められ、他の3州(ソロトゥルン、バーゼル市、ツーク)では否決であった。ジュネーブでは60.2%の多数で木曜日21時まで、土曜日18時までの延長が認められた。初の夜間営業の承認であった。その一方で月、火、水の平日3日についてはこれまでの19時半でなく19時の閉店が決められた。
 バーゼル市の場合は「青年自由派」のイニシアチブ(発議)で住民投票となったが、この団体は、開店時間を制限している州の法規全部を廃止し、国の労働時間法のみが適用されることを主張していた。店員と市内商店への自由化のマイナス影響を訴えた組合と左派政党を中心とする反対票が、57.2%の多数を占めた。
 ツーク州の場合は、州政府と州議会が従来6時から19時(公休日前日は17時まで)までであった開店時間を、それぞれ1時間延長する新法を可決したのに対し、組合と野党が住民投票に訴えたものであった。この州は97年にも開店時間の自由化を住民投票で否決した経過があり、反対派は政府・議会のごり押しを批判した。結果は54.5%で新法が否決され従来どおりとなった。
 ソロトュルン州では週日の開店時間の自由化が条例で決められたが、社会党と組合が発議した住民投票の結果、56.7%で新条例は無効となった。

「黒い金のために赤い血を流すな」―イラク戦争反対の5,000人デモ

 「黒い金のために赤い血を流すな」、「人権の名をかたった戦争反対」。こうしたスローガンを掲げて、11月2日首都ベルンで5,000人の集会デモが行われた。「グループ武器なきスイス」によって組織された「反戦同盟」の呼びかけによるもので、多数の平和・人権団体、それにイラク人の反対派・亡命組織が合流した。
 長雨の中でのデモののち、議事堂前広場で集会が開かれたが、そこでの発言者のひとりにバクダード生まれでスイスに在住する映画監督サミルが加わっていた。彼は、イラクの独裁者サダム・フセインに対する嫌悪を隠さなかったが、しかし世界共同体に自らの意思を押しつけようとするアメリカの試みを、同じように弾劾した。「イラクに対する戦争は、国連の委任があるような場合でも拒否される。それは西側の権力・経済利益のごり押しを意味するから」と「反戦同盟」の代表は述べた。

建設労働者1万人、55年ぶりの全国スト―60歳退職年金を勝ち取る

 11月4日の早朝から全国数百ヵ所の工事現場で、約1万人の建設労働者がストライキに入った。55年ぶりと言われる全国ストであった。ストを組織したのはスイス最大の組合である「建設・工業労組」(GBI)、およびSyna(フランス語圏の独立組合)であった。
 紛争のそもそもの原因・導火線は3月25日の労使合意の扱いであった。建設労働者の年金受給年齢の60歳への繰上げを定めた全国基本協約の妥結である。協約は年金受給年齢の繰上げ(以下では60歳年金とする)を、最終月額賃金の70%の年金額支給で、03年1月から実施することを「基準値」として合意していた。妥結した協約は、双方の最高決定機関(使用者側は「スイス建設業者連盟」SBVの代議員会、組合側は部門会議)の承認手続き(批准)を残すだけになっていた。
 組合側は早急に批准を終えたが、使用者側はそれを先送りし、7月から予定されていた制度実施に向けての財政措置(保険料の上積み)も放置していた。9月に入り、組合は60歳年金の義務履行を使用者側に迫る決議を行った。これに対して使用者側は、9月18日の代議員会で次のような方針を決めた。1)基本協約の発効時期を半年延期して03年1月1日からとする、2)実施は政府による一般的拘束力宣言を受けてのものとする、3)年金額については追加の交渉事項とする。使用者側の言い分は、協約には合意するが、その施行規則を別途交渉する必要がある、とするものであった。組合は使用者側のこの姿勢を「協約違反」、「スイスの社会史上例を見ない信義の侵害」と抗議した。9月19日両者は会合を持ったが物別れに終わった。改めての交渉は問題外というのが組合の姿勢であった。
 9月21日、組合の部門会議はストライキと集会・デモの実施を決議した。そして9月26日には最初の抗議行動としてデモがチューリッヒで行われた。同日午後、中央駅前に約3,000人(主催者発表)が集まり、SBVの本部ビルまでデモ、そして集会がもたれた。GBI委員長は、両当事者合意の協約を、その一方が後になって書き換えるなどということは、スイスのパートナーシップを危険にさらすことであり、「信じ難い約束違反」だと演説した。「スイス総同盟」(SBG)議長も、使用者側の言語道断な決定に圧力を強めることの必要性を強調した。チューリヒでのデモと集会は9月27日も繰り返された。「この集会は、来週・来月の大闘争の始まりである」とGBI委員長は述べた。
 10月に入って建設工事現場でのストが始まった。4日約60人、9日40〜50人、10日約200人が、組合が言うところの金満家、税金逃れの連中の老後住宅地、あるいは協約についての「強硬派」業者など、「象徴的に選ばれた建設現場」で1日ストを展開した。14日に組合はストの継続を宣言し、とくに11月4日には戦後始まって以来の全国ストを打つと予告した。
 10月31日、労使双方はマスコミの対しそれぞれの態度表明を行ったが、いずれも相手の告発を加熱する形となった。使用者側は年金給付額(減額)の追加交渉と協約の一般的拘束力宣言の必要性を強調した。組合は使用者側の協約違反を追及し、追加交渉を問題外とした。一般的拘束力宣言については、組合にとっても関心事であるとしながらも、それは協約の批准後にこそ発せられるものだとした。組合は11月3日(日曜)夕刻までに3月協約を法律上有効な署名のもとで承認すること、それでなければ組合は4日(月曜)から全国ストと大都市でのデモ、他組合との連帯集会に訴えることを声明した。
 11月3日深夜の20人の現場ストを皮切りに11月4日早朝からの全国ストが実施された。使用者側は協約が存在するもとでのストは平和義務違反であるとして、交渉の中止と基本協約の解約通告で威かくした。組合は法的に有効な3月協約を使用者が破っており、平和義務を使用者側が無効にしたと反論した。
 11月8日、労使双方は12時間に及ぶマラソン交渉の後、その内容を明らかにしなかったが、双方の歩み寄りがあったことを示唆した。11月11日、チューリヒでの1時間交渉ののち労使は新しい合意に達した。争点の年金額は最終月額賃金の70%で決着した。そのための財政措置として賃金の労働側1% 、使用者側4%の保険料の新年度からの納入が決められた。年金額の実額は、最終雇用年度の平均税込み賃金の70%にプラスして、年額6,000フランの基礎額、さらに「高齢者・遺族保険」(AHV)と年金金庫(BVGの―前述)の保険料の使用者負担が承認され、全体としては最終月額賃金の80%が補償されることとなった。該当者への年金給付は、政府の一般的拘束力宣言を受けたのち、03年7月1日開始で合意された。
 11月15日、大工・木工建設部門は協約の最終妥結を不服とし、SBVから脱退(独自の協約をめざすことを声明)した。組合は新たな交渉には応じないと言明した。