主催者あいさつ

全労連総合労働局長 寺間 誠治

 1.昨年12月22日、政府・総合規制改革会議が「規制改革に関する第3次答申」を決定し、小泉総理に提出した。

 この答申では、労災保険の民営化は「今後の課題」として結論時期を明示せず、しかも、清家委員の「民間開放は、労働災害に関する安全網(セーフティーネット)の改善や、事前規制緩和と事後チェック及び安全網の整備を一体として進めることに貢献するとは考えられないので反対」という少数意見を附した極めて異例なものとなった。しかし、答申の結論は、「政府の直轄事業方式にこだわらず、…労災保険の民間開放・民間への業務委託の可能性について、厚生労働省内や労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会のみならず、関係各省、有識者、実務家等を交え、幅広く検討すべきである」となっているため、今後の展開次第では引き続き予断を許さない情勢にある。

 労災保険の民営化については昨年11月26日、厚労省・労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会が「民営化によって生ずる問題点が明らかでなく労働者保護に与える影響も大きい」「民営化という結論を性急に出すことについては、反対である」と、公労使委員の全員一致による意見書を提出していた。しかし、それにもかかわらず、民営化の検討を盛り込んだ答申が内閣総理大臣に提出されたことはきわめて遺憾であり、審議会議論をないがしろにするものとして問題がある。

 2.労災保険民営化についての詳細は、本フォーラムにおいて解明されるが、主催団体を代表して、以下の基本的問題点について、あらかじめ明らかにしておきたい。

 第1に、労災保険の基本理念は、憲法25条が保障する生存権及び27条にもとづく勤労権の保障に由来し、労働基準法第8章が定める使用者の災害補償責任を実効あらしめるための制度であり、さらに、すべての産業に適用され、全事業主が費用を負担している社会保険であることから、当然、国の責任において実施されるべきものであること。

 第2に、利潤追求を旨とする民間企業に委ねることは、この理念に反するばかりか、強制力をもった事業場への立入検査ができないため、とりわけ原因把握が困難な過労死、過労自殺などに対し、現場実態を踏まえた的確な労災認定が困難であること。

 第3に、労災防止と労災補償の両側面から対策を講じることが不可欠であるにもかかわらず、監督・安全衛生行政との一体運営が切り裂かれることになれば、災害補償と併せた迅速・的確な再発防止策の確立が困難であること。それによって事業主に対する監督指導および法的責任追及の契機を失わせ、労災隠し(労働安全衛生法違反)や不正受給防止にも支障をきたす恐れがあること、などである。

 いずれにしても、労災保険制度の根幹を揺るがすような民営化は断じて認められるものではない。

 しかし一方で、われわれは、現在の労災保険制度とそれを所管する厚生労働省の行政を現状のままで容認するものでは決してない。

 労災認定をみるなら、過労死や過労自殺について、緩和されつつあるとはいえ、依然として厳しい認定基準による給付制限をおこなっていること、労災処分にかかわる行政訴訟で、処分を取り消す判決・裁決が出ても、行政の運用をなかなか改めようとせず、被災者への給付を極力制限していること、労災保険を使った「労働福祉事業」では、必要のない施設まで建設し、労働官僚が天下りしていることなど、多くの問題点がある。

 これらをただし、人権保障の目的に立ち返った労災補償制度と民主的労働行政を確立することは重要な課題である。

 3.戦後の国際的労働法の原則は、「労働は商品ではない」としたILOフィラデルフィア宣言(1944年)を出発点にしている。

 労災保険問題を考えるとき、被雇用者と自営業・請負業者との中間領域にあって労働基準法や労働安全衛生法の網にかからないか、もしくは極めて劣悪な条件下にあるグレーゾーンの労働者の保護をどうはかるかも大きな課題である。

 ILOは98年に、「労働の基本的権利に関するILO宣言」(新宣言)を採択、99年には、ディーセント・ワークの概念を打ち出し、さらに今年6月の総会では、不安定雇用の契約労働者の保護について、新勧告が採択されることになっている。

 わが国は、ILO第121号条約(業務災害の場合における給付に関する条約)を批准し、労災保険の給付もILO第121号勧告(業務災害の場合における給付に関する勧告)の水準に達し、災害補償等に関する国際水準を満たしている。

 しかし、昨年総会で、日本政府が契約労働者の保護について、その条約化に最後まで抵抗したことでわかるように、正規雇用を縮小し有期雇用や派遣労働の拡大によって、労働者の法的保護の範囲を出来るだけ狭めようとする傾向は、近年とりわけ強いものがある。

 4.総合規制改革会議は、実業家と学者の中でも規制緩和論者だけをメンバーとするゆがんだ構成をとっており、労働者の権利破壊に直結する数多くの施策を打ち出している。「第3次答申」のうち、雇用・労働分野として上げられている項目だけみても、労働時間規制の適用除外の拡大、裁量労働制の規制緩和、職業紹介事業や労働者派遣事業の規制緩和とその指導・監督体制など事後チェック体制、解雇事件の解決手段としての「金銭賠償方式」の検討、産業別最賃制度の見直し等、いずれも労働者の働き方と生活のあり方に、深刻な悪影響を及ぼす重大な問題がある。

 そして、これらが、労働者代表の意見反映などをまったく経ずして、現実の労働行政に強い強制力をもって、上から押付けるという異常なシステムとなっている。全労連は2月18日、総合規制改革会議に対して「労働者代表を選出」するよう申し入れを行ったが、引き続き総合規制改革会議に対する批判と監視を強めていくことが必要である。

 本日のフォーラムを契機にそれぞれの団体・個人が、労災保険の民営化の問題点についてあらためて学習を深めるとともに、全労連がいま展開している団体署名をはじめとした各署名を集約し、労働行政・労災行政の民主化をめざし、働くルール確立をめざす取り組みをさらに強化することが求められる。

 以上のことをお願いし、積極的な討論を期待して主催者を代表しての挨拶とする。



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