最低賃金制をめぐる世界各国の動き

2008年7月

 世界を見わたすと、ここ数年、様々な国で最低賃金の大幅な引き上げや、最低賃金制度の改革が実行されていることに気づきます。経済のグローバル化と規制緩和の流れは、その「負」の側面として、各国に「貧困と格差」問題を突き付けていますが、各国政府と労・使は、事態を打開する有効な手立てとして、最低賃金制度に注目し、金額を引き上げることによって、低賃金労働者の生活立て直しと内需活性化、社会保障の担い手の創出、社会不安の解消などを進めています。

 日本はどうでしょうか。新自由主義の発想にもとづく構造改革路線がとられ、「貧困と格差」が深刻化しています。働いても豊かになれない、がんばっても報われない「ワーキング・プア」が増え、青年たちが「生きさせろ!」という悲痛なスローガンを叫ぶ社会になってしまいました。生活できる賃金と、安心できる雇用の実現は、まさに待ったなしの課題です。

 ところが、日本の最低賃金制度の抜本的改革と金額の引き上げは遅々として進みません。ワーキング・プアが国政の課題とされた07年の夏の最賃審議では、従来にない上げ幅(7〜20円)の改定がなされましたが、それでも最も高い東京で739円、最も低い秋田、沖縄では618円にすぎません。フルタイムの仕事についたとしても、月収11万円前後。これでは生活は成り立ちません。

 07年12月、改正最低賃金法が成立し、最低賃金の決定原則のひとつである「生計費」を考慮するにあたっては「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」という規定が盛り込まれました。改正法の下で行われる08年の最賃改定審議では、労働者の最低生計費がいくらであるべきかという議論が真摯になされた上で、ワーキング・プアをなくすべく、最低賃金の水準を大幅に引き上げる結論が導かれなければなりません。

 財界は、最低賃金を現状より引き上げると、「企業倒産の連鎖」や「産業の衰退・空洞化」、「国際競争力の低下」が起きると主張します。しかし、世界各国の経験をみれば、それが杞憂であることがわかります。むしろ今の低すぎる最低賃金を、生計費を満たす水準にまで適切に引き上げることは、働いても低賃金を強いられて、生活保護に頼らざるをえなかった人々の自立を支援し、社会保障の被保護者から社会保障の担い手へと"転身"させ、消費を増やし、地域経済を活性化させます。低賃金の改善は、企業に一定のコストを求めますが、そのかわりに労働者の企業定着と熟練度を高め、製品やサービスの質を向上させます。それによって、企業は頻繁な求人や初任者訓練のコストを減らすこともできます。それでいて、各国の実情をみれば、物価の大幅なインフレなどはおきておらず、経済は良好なパフォーマンスを示す傾向にあります。こうした世界の経験に、日本も学ぶべきではないでしょうか。

 国際労働機関(ILO)は2005年に加盟国中100ヵ国を対象に、各国の最低賃金制度についての調査報告をまとめまています。格差と貧困の解決という視点からまとめられたILO報告書と、最近の報道などをふまえ、各国の最低賃金制度の特徴と水準、最近の金引き上げをめぐる取り組みの状況を紹介します。

全国労働組合総連合


1.各国の制度面の特徴と動向について

 世界の最低賃金制度は、全国一律制が主流である。ILO調査報告によれば、調査対象国101ヵ国中、59ヵ国(58%)と多数を占めている。特に発達した資本主義国で最低賃金法制を定めている国は、ほとんどが全国一律制度を採用している。
 地域別最低賃金制をとっているのは9ヵ国(9%)だが、その多くが発展途上国か連邦国家で、面積が大きく、各地域の経済的な完結性が高く、かつ、地域間の格差が大きい国である。中国の39、インドネシアの30、カナダの12と比べて、日本のように面積が狭いのに地域別設定が47もあるのは例外である。
 ILO調査報告は比較の視点から、日本の最低賃金制の特異性を指摘している。日本では細かい地域別最低賃金のほかに、地域ごとに細かい産業別最低賃金も設定されている。ILOでは、複数の最低賃金は、最低賃金制を変質させるとみており、それもあって、複数最低賃金を設定してきた国では、貧困根絶と格差是正に向け、最低賃金制の役割を強化するために、最低賃金の数を減らして全国一律の方向に進んできた。フランスでは1970年に全国一律制(SMIC)が導入され、ブラジルは1984年に20州でそれぞれ設定していた地域別最低賃金を廃止して全国一律制を導入した。同様の制度改正は、インドとパキスタンで1996年に、イギリスで1998年に行なわれている。
 ドイツでは、最低賃金を含む労働協約について、労働社会相が一般的拘束宣言を発することにより、当該産業のすべての労働者に適用されることになっているため、建設産業のいくつかの部門を除いて最低賃金制度は設定されてこなかった。しかし近時、東部ドイツを中心に貧困ライン以下の生活を強いられる低賃金労働者が増加するなかで、最低賃金制度導入の論議が活発化している。ドイツ労働総同盟(DGB)と社会民主党(SPD)の最低賃金の要求水準は時給7.5ユーロである。

2.各国の最低賃金額の水準と引き上げの取り組みについて

 最低賃金の水準について、ILO報告の購買力平価の比較で見ると、発達した資本主義国のほとんどが1000ドル以上で、日本の倍近い。日本の最低賃金は月額換算(07年10月)12万円程度であるのに対し、ベルギー、フランス、オランダは20万円、イギリス、アイルランドは23万円、ルクセンブルグは25万円と、日本よりかなり高い。
 この間、発達した資本主義国では、労働組合の組織率の低下、非正規・不安定雇用の低賃金労働者の増加と格差の拡大という問題を、共通して抱えてきた。こうした事態に対して、多くの国は、最低賃金制の役割を強めてきた。1999年から2005年の6年間の最低賃金引き上げ率は、ヨーロッパではベルギー、ギリシャで13%、スペインでは44%の高さとなっている。最低賃金の低いスペインでも、2008年までに月額600ユーロ(約750ドル)へとさらに引き上げることを政府は公約している。イギリスでは毎年の改訂で、07年10月には時給5.52ポンドとなった。全国一律制度が始まった1999年からの8年間で、実に53%も引き上げている。
 ところが、日本の最低賃金は、毎年改定審議に多くの時間と労力をつかいながら、わずか2%しか金額を引き上げておらず、貧困労働者の困窮を放置してきた。
 日本では、何かにつけてグローバル化という言葉がいわれる。しかし、その言葉は、労働者の賃金・労働条件の引き上げの要求を抑えつけたり、中小企業の単価を切り下げるときの方便としてしか使われない。グローバル化をいうならば、労働基準や取引慣行も、グローバルな水準へと引き上げるべきではないだろうか。

 以下、各国の最低賃金改正の動きを、国別にみていくこととしよう。

参考表 日本と欧米各国の最低賃金額

国名 時間額 時間額額
(円:為替レート換算)
月額 月額
(円:為替レート換算)
改定発効
ベルギー
-
-
€1,300.80
\209,091
2007.1
フランス
€8.63
\1,384
€1,308.88
\210,389
2008.5
オーストリア
-
-
€1,000.00
\160,740
2008.1
ルクセンブルグ
-
-
€1,609.53
\258,716
2008.1
オランダ
-
-
€1,317.00
\211,695
2007.1
アイルランド
IEP 7.65
\1,230
€1,499.33
\241,002
2007.1
イギリス現在
£5.52
\1,254
£958.64
\217,774
2007.10
改正決定
£5.73
\1,302
£995.11
\226,059
2008.10
スペイン
-
-
€600.00
\96,444
2008.1
オーストラリア
$14.31
\1,401
$2,485.17
\241,012
2008.10
ニュージーランド
$12.00
\1,029
$2,084.00
\178,277
2008.4
アメリカ現在
$5.85
\666
$1,015.95
\122,158
2007.7
*アメリカ改正見込
$7.25
\825
$1,259.08
\151,392
2009.1
日本 \687(全国平均) \119,309
2007.10

注:€1.00(ユーロ)=160.74円,$1.00(米ドル)=113.80円,£1.00(英ポンド) =227.17円(07年1月〜08年5月平均)
IEP1.00 (アイルランド ポンド)=160.74円、豪$1.00(豪ドル)=97.91円、N$1.00(ニュージーランドドル)=85.71
月額設定のない英米日NZは条件を揃えるため40時間×52週÷12で換算
オーストラリア月額は52週÷12で換算

イギリス

 イギリスでは、労使自治の伝統が根強くあり、「労使関係の未成熟な」業種についてだけ審議会方式の最賃制度を設定していた。しかし、その制度も、80年代にはいって新自由主義のサッチャー政権が登場するや弱体化され、93年にはメージャー政権によって廃止された。セーフティ・ネットを切り下げ、市場主義政策をどんどん進めたために、低賃金労働が増え、所得格差が広がった。こうした事態に対し、労働者・国民からの批判が高まり、労働党政権が誕生。1998年に全国最低賃金法(National Minimum Wage Act)が制定された。この制度は、貿易産業大臣が、公労使の三者からなる「低賃金委員会」に対して最賃改定の諮問を行い、委員会答申を受けて最賃を決定する方式である。99年施行当初は、時間あたり3.60ポンド/時(741円)だったが、2005年には5.05£/時(1,039円)と5£の“千円”ラインを突破した。低賃金委員会は、最賃を引き上げるたびに、地域の経営状況や労働市場などの経済実態を調査・分析し、イギリスの地域経済に最低賃金の底上げがよい影響をもたらしていることを立証、それをもとにさらなる引上げ改定を継続させてきた。
 イラク戦争への対応についての国民的批判におされ、ブレア政権はブラウン政権に替わったが、貧困をなくす方針は堅持されている。低賃金委員会の答申に従って06年には10.3%、07年には9.3%の引き上げを実施し、07年10月〜08年9月までの一般労働者の最賃は£5.35(1,136円)、18〜21歳最賃は£4.60(946円)、16〜17歳最賃は£3.40(699円)である。07年の改定により、100万人前後の雇用者が、改定の恩恵を直接得ることになったと委員会は推計している。

08年10月からの新最賃

 低賃金委員会は、08年2月に08年10月以降の最賃引き上げを勧告、政府は3月にその内容を受け、08年10月からの改定額を発表した。新しい最賃は、一般労働者で3.8%増の£5.73(1,179円)、18~21歳で3.7%増の£4.77(981円)、16~17歳で3.82%増の£3.53(726円)となる。
 改定をめぐる労使の意見は、ほぼ例年通りであった。
 使用者側は、最低賃金制度自体には理解を示しており、今回の改定にも好意的といわれる。しかし、改定による人件費増の影響は企業に対して重い負担となっており、採用の抑制、労働時間の削減のほか、利益の取り崩しや価格転嫁などで対応せざるを得ない状況にあるとして、これ以上の引き上げは競争力の低下と雇用への悪影響を招くと主張している。
 一方、労働組合側は、これまでの最賃額の改定による経営上の悪影響はほとんど見られず、収益の堅実さを考えれば、より高い最賃額も可能なはずと主張している。今回の改定額については、引き上げ自体は評価しつつ、生活賃金として適正な水準と考える6〜7ポンド前後への引き上げと、「基本額の18歳からの適用」を主張している。年齢区分廃止論は、自由民主党等からも聞かれるが、若年雇用の厳しさや教育訓練促進の意図から、政府や低賃金委員会はこの提案を受け入れていない。

低賃金労働の構造

 低賃金委員会の報告書によれば、「未満率」(最低賃金額を改正する前に、最低賃金額を下回っている労働者割合)は毎年ほぼ1%である。最低賃金以下の賃金水準の雇用者の約3分の2は女性で、雇用形態ではパートが6割を占める。人種別にはパキスタン・バングラデシュ系を中心とするエスニック・マイノリティが、年齢階層では65歳以上の高齢者層や20代以下の若年層、障害者などで、特に比率が高い。さらに、企業規模別では小規模企業ほど低賃金労働者を雇用する傾向にある。業種別には、小売業、飲食店・宿泊業およびソーシャル・ケアに多い。

最賃引き上げで好影響

 報告書によれば、最賃制度の導入は、これらの層に積極的な影響を及ぼしている。ここ数年の雇用状況は、低賃金業種を中心に改善する傾向にあり、求人も増加している。また、主として小規模・零細企業(1〜49人)での雇用増がこれを支えている。女性やエスニック・マイノリティ、障害者の雇用は、この10年間増加しており、最賃制度の導入による悪影響は見られない。また、低所得層では男女間の賃金格差が顕著に縮小しており、これは女性パートタイム労働者の賃金水準の向上を主に反映したものと考えられる。同様に、エスニック・マイノリティについても、低所得層を中心に所得水準が改善している。

参考表 イギリスにおける最低賃金の推移 1£=205.73円

  1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
最低賃金額
£3.60
£3.70
£4.10
£4.20
£4.50
£4.85
£5.05
£5.35
£5.52
£5.73
(円換算)
\741
\761
\843
\864
\926
\998
\1,039
\1,101
\1,136
\1,179
引き上げ率
 
2.78%
10.81%
2.44%
7.14%
7.78%
4.12%
10.31%
9.31%
7.10%
18〜21歳
£3.00
£3.20
£3.50
£3.60
£3.80
£4.10
£4.25
£4.45
£4.60
£4.77
(円換算)
\617
\658
\720
\741
\782
\843
\874
\915
\946
\981
引き上げ率
 
6.67%
9.38%
2.86%
5.56%
7.89%
3.66%
8.54%
8.24%
7.19%
16〜17歳
 
£3.00
£3.00
£3.30
£3.40
£3.53
(円換算)
 
 
 
 
 
\617
\617
\679
\699
\726
引き上げ率
 
 
 
 
 
 
0.00%
10.00%
13.33%
6.97%
ポンド・円レート
184.11
163.34
175.14
187.99
189.46
198.16
200.18
214.36
235.74
205.73

注:£1.00(英ポンド) = 205.73円(08年1〜5月平均)

グラフ

アメリカ

 アメリカには連邦最低賃金と州最低賃金がある。連邦最低賃金はクリントン政権下の1997年に時給4.75ドルから5.15ドルに引き上げられて以来、約10年据え置かれてきた。米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は何度も連邦最低賃金の引き上げを求めて運動し、06年には民主党ケネディ議員は、最低賃金を2009年1月1日までに段階的に7.25ドルに引き上げる法案を提出、下院の歳出委員会で法案を可決していたが、共和党主導の上院は06年6月21日これを否決した。AFL-CIOは「現在の議会指導者たちの労働者軽視を明確に示す行為だ」との批判声明を発表し、ケネディ議員は「民主党が上院で過半数を占めれば最初に最低賃金を引き上げる」と宣言した。
 議会の否決をうけ、AFL-CIOは全米19州で最賃引き上げ運動を展開。オハイオ州では最低賃金の6.58ドルへの引き上げとインフレ調整の適用を求め、市民に呼び掛ける運動が進められた。カリフォルニア州では8月22日シュワルツネッガー知事が2007年1月に0.75ドル、08年1月に0.50ドル引き上げて8ドルとすると発表。シカゴ市では市議会が、売上高10億ドル以上の大型小売店に、時給9.25ドルと最低ベネフィット(各種給付金)1.50ドル、最低賃金を2010年までに時給10ドル、給付金を3ドルまで段階的に引き上げる条例を可決した。この条例は大手流通企業のウォルマートなどを対象にしたもので、同社は8月に全米の約3分の1の店鋪で初任給を平均6%引き上げた。
 11月7日の中間選挙では、民主党が上下両院で多数を獲得した。AFL-CIOは「最低賃金の引き上げが共和党の超党派の精神を試すことになる」と述べ、米議会が最低賃金を早期に引き上げるよう求める声明を発表した。新議会で女性初の下院議長に就任するペロシ議員とリード民主党上院院内総務は、最低賃金引き上げが最重要議題の一つだとした。ブッシュ大統領も11月8日の記者会見で、民主党の経済公約の最低賃金引き上げに初めて理解を示した。
 07年1月10日の連邦議会下院で、連邦最賃を7.25ドルに引き上げる法案が、賛成315、反対116で可決され、上院に送付された。下院では共和党からも80人の議員が賛成にまわった。上院では議員構成民主党+無所属が51議席、共和党は49議席と力関係が均衡しており、共和党による議事妨害作戦を破るには賛成60が必要で、共和党議員の一部の支持もとりつけなければならないため、民主党も強行はできず、中小企業への税制優遇措置などがセットで審議されていた。
 最終的に上下両院は、07年5月24日、連邦最低賃金の引き上げを含む法案を賛成多数で可決し、25日にブッシュ大統領が署名して法案は成立した。その結果、現行5.15ドルの連邦最賃は、2009年7月24日までに3段階に分けて7.25ドルまで引き上げられることになった。引き上げの初回は2007年7月24日で5.85ドル(影響をうけるのは20州。他の30州は既に連邦最賃より高い州別最賃をもっている)とされた。2回目は2008年7月24日で6.55ドルとされる。また、最賃引き上げに伴う経営者の負担を軽減するため、中小企業を対象とする48.4億ドルの減税も実施される。なお、民主党はさらに9.50ドルまで引き上げる法案を検討している。

フランス

 発展のための全職業最低賃金(SMIC)と呼ばれる最低賃金制度をもっている。金額は時間額と月額(週35時間労働)が設定される。毎年7月1日の定時改定に、全国団体交渉委員会(CNNC)の賃金給与小委員会の意見を参考として決定している。この場合、法律により一般賃金の実質上昇率の2分の1を下回ってはならないこととされている。また、SMICが決定された時期の水準に比べて、消費者物価指数が2%以上上昇した場合、翌月の1日から労働省令により指数上昇分だけ改定する「物価スライド制」も設定されている。
 金額水準は 2001年の時間当たり 6.67ユーロ(1,072円)から、2006年1月には8.27ユーロ(1,329円)へ、2007年の1月からは8.44ユーロ(1,357円)へ、2008年の5月からは8.63ユーロ(1,387円)と引き上げられている。この間の引き上げ率の高さは、物価高騰を反映したものである。
 月額最低賃金は、週35時間換算で行われ、2006年の1,254ユーロ(201,568円)から、07年は1,280ユーロ(205,747円)に、08年5月からは1,308.9ユーロ(210,393円)となった(1.00ユーロ=160.74円で換算)。
 最低賃金(SMIC)に近い時給で働く労働者の4 割はパートタイム労働者で、パート労働者の3 分の1 以上が、最賃引き上げの恩恵を受けている。最低時給で働く労働者が特に多い分野は、家事労働以外の個人向けサービス、派遣以外の企業向け実務サービス、食品加工業、商業である。
 なお、公務員給与の最低保障月額も最低賃金改定と連動しており、ほぼ同水準の金額である。

オーストラリア

 全国一律の連邦最賃制度をもっている。労働組合は最賃引き上げが格差是正に有効であり、かつ雇用や総賃金コスト、インフレに与える影響は少ないとして大幅引き上げを要求してきた。2004年までの決定機関は「豪州労使関係委員会」(AIRC)で、2005年には、前年より週あたり17豪ドル(1,664円)、時間あたり0.45豪ドル(44.1円)アップを実現し、週当たりで484.40豪ドル/週(47,428円)、時間額で12.7豪ドル1,248円(法定労働時間の週38時間で換算する方式がとられている)の最賃が設定された(1豪ドル=97.91円換算)。
 2005年には、新たな最低賃金決定機関である「公正賃金委員会」(AFPC)が設置された。この組織は、ハワード前政権が強行した労使関係法の改定にともなうもので、経営者団体は「最賃引き下げのために設立された新機関」と期待をよせ、労働組合は「低賃金委員会」と批判した。注目された2006年12月改定の最賃額は、06年11月に発表されたが、その内容は27.36豪ドル/週(2,679円)アップの引き上げであった。労働組合要求の30豪ドルに近い水準で、511.76豪ドル/週(50,106円)、時間額13.47豪ドル(法定週38時間労働で時間あたり1,319 円)の最賃が12月から施行され、100万人を超える労働者の賃金を底上げした。
 その後、「公正賃金委員会」は毎年7月に最賃の見直しを行なうというペースを発表、2度の改正を決定した。07年7月の改定では時間額13.74豪ドル(1345円:07年10月施行)へとあげられ、08年7月8日には、そこからさらに時間額0.57豪ドル(55.8円)引き上げて、時間額14.31豪ドル(1401円:08年10月)とした。

ニュージーランド

 ニュージーランドは、1894年に世界で初めて法定最低賃金を確立した国であり、全国一律制度をとっている。2007年4月からの改定で、最賃は時給11.25ニュージーランド・ドル(約964.2円)に改定された($1.00ニュージランドドル=85.71円)。改定前より1NZドル(約85.71円)9.8%のアップであり、85年以降で最大の上げ幅となった。労働組合は12NZドル(1,029円)への引き上げを求めて運動し、経営者は引き上げに反対していた。改定によって、労働力人口の約1%、12万人の賃金が引き上げられる。なお、16〜17歳については現行の8.20NZドルから9NZドル(771円)になった。
 労働組合の要求、最賃時給12NZドル(1,029円)は、2008年4月の改定で実現した。若年最賃は、廃止となり、代わって、新規採用者最賃が設定され、9.6NZドル(823円)でスタートした。

韓国

 韓国の最低賃金は、最低賃金法に基づき、労働者の生計費、類似の労働者の賃金、及び労働生産性を考慮して定めるものとされている。適用対象は労働基準法が適用されるすべての事業又は事業場であるが、家族従業者、在宅労働者、精神又は身体の障害により労働能力が著しく低い者、試用期間中の者、職業訓練法による事業内職業訓練のうち養成訓練を受ける者などは適用免除とすることができる。法定最低賃金の改定・決定は、審議会方式で行なわれている。公労使同数9名の委員で構成される最低賃金審議会において審議・決議された最低賃金案は、労働部長官に送られる。労働部長官は、審議会が示した最低賃金案を告示し、労使団体は異議申し立てができる。労働部長官が、その異議申し立てに理由があると認めた場合は、審議会に再審議を要求しなければならない。今回は最低賃金案の告示に異議申し立てはなされず、同最低賃金案どおりに正式決定された。

○08年の最賃額

 韓国労働部は8月1日、2008年1月から同年12月まで適用される最低賃金を時間当たり3,770ウォン(100ウォン=12円43銭として約469円)とすることを決定した。現行の3,480ウォン(433円)より8.3%、円換算で36.4円引き上げることになる。
 韓国の最低賃金は、07年も12.3%の大幅引き上げがなされていたが、今回の審議において、労働側はさらに1000ウォンの引き上げ(28.7%増)要求を行なった。これに対し、経営側は凍結を主張した。10時間に及ぶ審議の結果、8.3%の引き上げが議決された。
 労働側は、従来から、所得の格差拡大に歯止めをかけるため、最低賃金を従業員5人以上企業の常用労働者の平均賃金(月額約187万ウォン)の50%水準にすべきと要求しており、今回も月額約94万ウォンに相当する時間あたり4480ウォンを要求した。
 一方、経営側は、最低賃金の引き上げが近年高い水準で行われており、中小・零細企業の経営に悪影響を与えるとして、凍結を主張した。
 結果として、引き上げが一桁台の引き上げとなったことについて、経営側の一部には安堵の声もある。2000年以降の韓国の最低賃金の引き上げ率は平均10.6%と、同期間の平均賃金上昇率7.4%を上回っていることから、今回も大幅な引き上げを予想した経営者も少なくなかったためである。
 年々、最低賃金が大幅に引き上げられているため、その影響を受ける労働者の割合(影響率)も年々上昇している。2002年9月の引き上げの影響率は全労働者の6.4%であったが、昨年は11.9%、今回の引き上げの影響率は13.8%に達する。最低賃金が、最低生計費の保障はもとより、大きな課題である所得格差や非正規労働者の労働条件の改善への有効な手段として、積極的な役割を果たすべき、と位置付けられている。

中国

 中国が最低賃金制度を導入したのは1996年である。全国一律制度ではなく、政府直轄地のほか、省や自治区など地方政府の労務管理局が経済状況に応じて決める。最低賃金水準は、通常の平均賃金の5割程度である(04年全国都市部労働者の平均賃金は1万6024元)。最賃は、主に工場で働く低所得層、特に農村から都市部への出稼ぎ労働者に適用されている。この間、各地で8〜64%もの大幅引き上げがなされ、賃金相場全体が上昇している。中国政府は高成長のなかで貧富の格差が拡大していることを憂えており、その是正を最賃に託している。経済政策の上でも、付加価値が低い製品だけを生産しようとする外資の進出を制限する方針を示すなど、「小康(いくらかゆとりある)社会」を目指す流れを強めている。こうしたなか、日系自動車産業の拠点でもある広東省の省都広州市の最低賃金が、2006年9月1日から月額780元(11310円)となった。以前よりも96元(1392円)、14.0%の引き上げである。新水準は中国で最も高い深セン市経済特区内の810元に次ぎ、上海市や江蘇省の690元を上回るものとなる(1元=約14.5円)。

インドネシア

 全国の目安となっているジャカルタ特別州の07年の最低賃金は、月額90万560ルピア(100ルピア=約1円30銭)。前年より9.95%引きあげられ1月1日実施された。これに対し労働組合は不満を表明、国会第9委員会(労働・移住担当)のリプカ委員長は11月5日、これを聞き入れる形で、新最賃は低すぎであり130万ルピアが妥当とし、賃金審議会の決定プロセスを調査する方針をあきらかにした。ジャカルタ特別州に続き他の州の最低賃金も決まりつつある。ジャカルタ特別州を最高として、最低はジョクジャカルタ州の50万ルピア。引き上げ率の最高はバリ州の21.96%、最低はアチェ州の3.66%となっている。

フィリピン

 マニラ首都圏の法定最低賃金が2006年7月11日から1日25ペソ(1ペソ=約2円20銭)へと引き上げられた。フィリピン労働組合会議(TUCP)は5月に基本給部分の75ペソへの引き上げを要求、最終的には上げ幅は3分の1にとどまった。引き上げ幅は昨年と同額。最低賃金は基本給と緊急生活手当(ECOLA)からなり、引き上げられたのは基本給で、ECOLA50ペソは据え置き。非農業従事者の新基本給は300ペソとなり、ECOLAの50ペソの加算で新最低賃金は350ペソとなる。

アルゼンチン

 政府と労組、経営者団体からなる雇用・生産性・最低賃金審議会は7月10日、賛成多数で最低賃金の年内22.5%引き上げを決定した。改定によって、現在の最低賃金月800ペソ(約31000円)は、8月、10月の段階的引き上げを経て、12月から980(55,860円)ペソになる。今年6月に算定された貧困ライン収入(4人世帯)は923ペソ、極貧ラインは429ペソであり、トマダ労相は、最低賃金が貧困ラインの収入水準を初めて超えることになると力説した。なお、アルゼンチンの一人当たりの国民所得は4700ドルで日本の約8分の1。
 トマダ労相は、貧困ラインの収入水準を超える最低賃金の確立が今回の交渉の目的だったと指摘。引き上げは正規労働者40万人以上の給与アップに直接つながり、政府が現在根絶にとりくんでいる未登録の「闇労働」の給与にも影響するだろうと述べた。また、新自由主義が吹き荒れた1990年代をふりかえり、「我々は、長い間洗脳されてきた考え方とは逆に、社会的包摂をともなう(社会的落後者を生まない)経済成長が可能であることを示している」と強調した。
 同国最大の全国労働組合センター、労働総同盟(CGT)は1040ペソの最低賃金を要求していたが、今回の結果について「不十分だが、重要な前進」と評価。アルゼンチン労働者センター(CTA)は、生活の必要性にもとづく新たな貧困ライン収入水準を算定することが約束されていないとして、審議会では棄権した。

ブラジル

 最低賃金の年間調整は、毎年5月1日から実施され、その前月に金額を決定するのが慣行となっている。実質引き上げ率は、2003年1.20%、04年1.21%に対し、2005年は9.30%と大幅に引き上げて月300レアル(17,100円)とした。労働党の最大支持組織である中央労組CUTを中心にして、6大中央労組が、2005年1月から、最賃引上げを要求し、首都ブラジリアへデモ行進を行い、政府から譲歩を引き出した。その後の最低賃金は引き上げられ、06年に350レアルに、07年からは380レアル(21660円)に引き上げられている。最低賃金改定の影響を受けるのは労働者だけでなく、年金受給者なども含まれ4,370万人におよび、所得増加による経済波及効果は大きい(ブラジルでは最賃の引き上げは、年金に連動するシステムとなっている)。労働組合代表と政府は、今後GDP成長率を勘案して最低賃金の引き上げ率を調整していくことで、合意している(07年2月現在1レアル=約57円)

3.最低賃金決定基準についての動向

 ILO第30号勧告では、決定基準について「関係ある労働者が適当な生活水準を維持しうるようにすることが必要」と定めており、第31号条約でも、「労働者とその家族の必要」と「経済的要素」の二つを掲げている。また、第117号「社会政策の基本的な目的及び基準に関する条約」では、第5条2項で「最低生活水準を決定するにあたっては、食料及びその栄養価、住居、被服、医療、並びに教育等労働者の家庭生活に不可欠な要素について考慮しなければならない」としている。第102号「社会保障の最低基準に関する条約」では賃金と社会保障との連動関係を定めており、多くの国が最低賃金と社会保障をリンクさせ、「人間らしい生活水準」の確保に努めている。最低賃金と社会保障とをリンクさせている国のほとんどが、全国一律最低賃金制である。オランダでは、失業手当が最低賃金を基準として算定されるなど、社会保障給付と最低賃金とを結びつけた制度構築をしている。インドネシア政府は、2003年、最低賃金を設定する際には人間らしい生活水準に必要なもの、肉体的要求を充たすものだけでなく、教育や健康、退職後の社会保障などを含め、すべての要素を考慮すべきことを命じた。前記のインドネシアの最低賃金引き上げは、こうした政策の上に決定されたものである。ヨーロッパでは、貧困をなくす観点からの取り組みが進められているが、2005年に開催された欧州最低賃金会議は、当面の最低賃金を一般労働者の平均賃金の50%にすること、さらに60%に引き上げることを決定した。
 こうした世界各国の動きを見ると、格差と貧困問題と経済の安定的発展に処するための最低賃金制の役割が重視され、そのために、全国一律最低賃金制と、人間らしい生活を充たす水準を確保した最低賃金引き上げの取り組みが大きく広がっていることがうかがえる。
 貧困問題に直面している日本においても、最低賃金制度の抜本改正が求められている。07年12月に成立した改正最低賃金法は、条文のなかに、憲法25条の文言(健康で文化的な生活)をいれた上で、「生活保護と最低賃金の整合性」という視点を盛り込み、最低賃金と生活保護をリンクさせた。生計費原則を強化し、その水準となる指標を保護基準という形で示した点は一歩前進であるが、国会審議の過程では、それ以外にも、(1)金額決定原則から「支払い能力」を削除すること、(2)労働者とその家族(3人モデル)を支えるための最低賃金という視点をいれること、(3)全国(一律)最低賃金制度とすること、など国際基準に追いつくための重要な提案が野党から出されていた。今回実現しなかった、これらの論点を取り入れるための制度改正も、今後すみやかに検討されなければならない。

以上